第112話 まさかの社交ダンスの猛特訓。えっ、本当にやるの!?
言わずもがな、風呂場での『アクシデント』があったお陰で、多少なりとも気まずくなった俺とアンラの関係……。
だが、それでも翌日から予定通りダンスの練習が始まった。
そりゃそうだ。
まったく時間が無いのだから。
とはいえ何を隠そう、俺はダンス未経験者。
そんなエレガントな経験など人生で皆無、ゼロ、そしてナッシング。
社交ダンスのすべてが未体験ゾーン。
やや短気な性格なアンラはいきなり俺の手を取って踊りだそうとするが、どんな動きをしていいのか分からず、リードもへったくれもない。
「ちょっと、サイ!! ワタシの足を踏んでいるのだけれど!?」
「違う違う。この動きの後は腕を上げつつ、こう回す!」
「なんでこんな簡単なことが分からないの!? もう、信じらんない! というか、あり得ないんですけど!!」
「またぶつかった! どうしてこうタイミングが合わないのかしら!?」
猛特訓を重ねる度にアンラのお怒り度合いが増していく。
時が経つにつれてイライラが募っていく様子が見るからに明らかだ。
いや、だって、これは仕方ないじゃないか。
まったく今までやったことが無いのだから。
だが、アンラはそんな俺を甘やかしてくれない。言わずもがな、俺の事を保証するなどとお父上に大見得切って断言してしまったのだ。この段になって、よもや踊れませんなどとなってはアンラのプライドにかかわる重大事。
「もう一回やるわよ!」
そう言って威勢よく始めたのはいいが、やはり最初の20秒行くか行かないか位でどうしても詰まってしまう。
そんな『練習』を繰り返しても繰り返しても、結局は互いの体がぶつかったり、足を踏んだり、コケたりとまったく話にならない。
そうこうしている間に数時間が経過していた。
とりあえず休憩を挟んで再び練習することになった。
さすがにお互い気疲れもあり、それぞれ物理的に距離を置いて休憩している。
さてと……。
休憩しながら、さすがに『これはどうしたものか』と考える。
まず、置かれた状況を整理する。
これはどう考えても先行きが怪しい。
下手をすれば俺はパートナー役を降板になり、やはりどこか高貴な方と首が挿げ替わってもおかしくないだろう。というより、俺がアンラなら迷わずそうする。むしろ俺が代役になったことさえ奇跡的なのだ。
だが、俺としてはせっかくの好機だから、やはり正攻法でブロドリオに殴り込みをかけたいところ。この舞踏会を逃すと、おそらく面倒な手段でしか奴と接触するのは困難になるだろう。
困ったものだ……。
いやはや、どうしたらいい?
そう、自問自答する。
とはいえ、こんな展開など、端から既に分かり切っていたことだ。いくら身体強化スキルを使ったところで体は付いていけても、社交ダンスの基本がまったく染み付いていないのだから。
せめてどんな動きかだけでも体に覚え込ませられれば何とかなるかもしれないのだが……。
あっ!
それだ。
強烈な閃き。
この難問をどう乗り越えるかの答えが見つかったかもしれない。もしかすると一時しのぎにしか過ぎないかもしれないが、とりあえずやるだけ試してみるか。
じっくり休憩を取り、そろそろ再開といった頃合いを見計らって、アンラに声を掛けた。
「なぁ、ちょっとアンラにお願いがあるんだが……」
「お願いって何よ。まさか『変な』お願いじゃないでしょうね?」
「いやいや、とんでもない」
というか、その『変なお願い』とやらをすれば聞いてくれるのだろうか。
「いや、何。ちょっと動きを頭の中でイメージしたいと思ってな。そこで一人だけで俺の振り付けで踊ってみてはくれないか? つまりはパートナー無しだが、あたかも相手がいるかのように動いてもらいたいのだが、やってくれるだろうか?」
「そうね。確かに全体を通した動きを見てもらうのは悪くないわね。やってみるわ!」
……
ふむ、なるほど。
こう動くのか……。
うん、やっぱりだ。
何となく理解できた気がする。
「よし。分かった。ありがとう。さっそくだが、もう一回ひとまず一緒にやってみよう!」
「えっ、たったあれだけでいいの?」
「あぁ、とりあえず覚えている内にやってしまいたい。早くやろう」
……
「えっ、何でっ!? 何なのよ、一体? さっきまでまるでダメだったのに、一目見ただけでもう踊れるだなんて」
今の一瞬で俺は動きをほぼ完全にトレースして自分のものにしてみせた。
そう、これは『隣人トレース』を使った記憶術の応用編だ。
小学校時代の朝のラジオ体操の時間。
まったく体操の動きの一挙手一投足を記憶していなかった俺は、両隣のクラスメイトの動きをワンテンポ遅れながらも模倣することで乗り切った。
まさかの異世界でその『特訓』が今度こそ生きた瞬間だった。
他人の真似は得意なんだよな、俺。
しかし問題は本番だ。やはりここでコケたら意味が無い。
時間は待ってくれない。
徐々に本番の足音が聞こえてくる。
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