第111話 2種類のパイ


 さすがに他人の家、それも貴族の邸宅とあっては知らないうちに緊張していたようだ。


 自分の部屋に案内されたので、荷物を広げてほっと一息。今日からこの一部屋が俺の新たな城になる。約2週間にも亘ってお世話になる部屋だ。


 ふむ。

 さっそく大きな問題がある。


 何を隠そう荷物が足りないのだ。


 いや、けっして馬車から落としたとか、荷造りの際に入れ忘れたとか、そういう問題ではない。単純に泊まる日数が大幅に増えてしまったことで計算が根本的に狂ってしまったのだ。


 何しろ急遽、二週間後に開かれるダンスパーティーに参加することになってしまったから、俺の中ではてんてこ舞いだ。まさか2日の予定が2週間になるとは思わなんだ。


 幸いにも服は用意してくれるとのことで安心したが……。

 はてさて俺はここで2週間、そして来たる舞踏会を乗り切れるのだろうか?


 いや、もうここまで来たらつべこべ言わずにやるしかない。

 ここに来た目的を忘れてはいけない。


 アンラの伝手を頼ってブロドリオに接触し、スキルを習得する。

 まずはその目標を狙っていこう。


 到達できるかどうか分からないほどの高い目標だ。



 ◇


 さて荷物出しも終わり、アンラに家と庭を案内してもらったりと、何だかんだ慌ただしい時間が過ぎていった。そうこうしているうちに夕食に呼ばれた。


 場所は先ほど茶菓子を頂いた場所だが、すっかりディナー・モードに突入している。


 「さぁ、とりあえず掛けたまえ」

 シュタイナーに言われるがまま上品な座椅子に腰かける。


 う~む。

 目の前には贅沢な空間が広がっている。


 こうして座っているだけで、底辺冒険者から一気に出世した気分だ。


 だが、何だろう。


 何とも言えない気持ちが湧き上がってくる。


 確かに椅子は立派なのだが、何だか『座り心地が悪い』ような気がしなくもない。

 やはりもうちょっと低級でがさつな冒険者家業の方が性に合っているのだろう。


 さて、長テーブルに目を落とすと既に多くの料理が準備されている。

 今日は歓迎会の意味も兼ねて普段より立派な晩餐会になっているのかもしれない。


 「これが我が家自慢の『グレート・ベリー』の実をふんだんに使ったパイよ。食後のデザートに是非召し上がって頂戴!」

 アンラがこれ見よがしに自家製のパイを勧めてくる。


 ほほう。

 これは確かに見るからに旨そうだ。


 この世界ではこの手の凝った料理は大変珍しい。

 食後のデザートに取っておこう。


 テーブル全体を見渡すと、山の幸が半分、川の幸が半分と言ったところ。まるでエビのような生物の炒め物が目を引く。


 「おぉ!? これは絶品ですね!」

 そう思わず本音を述べる。


 率直な感想になるが、どれもこれも食材の味を活かしつつ、調理技術で完成度を飛躍的に上げている。素晴らしい。


 だが、夕食の最中にはドキっとする一面もあった。

 シュタイナーが例のダンスパーティーについて触れてきたのだ。


 「ところで、サイ君。アンラから聞いたのだが、今度のブロドリオ様主催の舞踏会に参加するというのは本当かね?」


 「それについてはその通りです。お許しを頂き大変感謝しております」


 「いやいや、こちらこそ礼を言うよ。君ほど『強い』冒険者であれば問題はないだろう。ただ、一つ訊きたいのだが……。いや、気分を害したら申し訳ないのだが、君はダンスが出来るのかね?」


 直球キターーーーーー!


 まさしくダイレクトヒット。

 前半はともかく、後半に至ってはほとんどオブラートに包まれていない。

 というか丸裸だ。グサッと心をえぐられる。


 「えっと、ですね。それは、あの」

 ……とまごまごしていると、アンラが助け舟を出してくれた。


 「サイは出来るわ。ワタシが保証するもの。本件は任せて下さい、お父上!」


 おっと。これは……。


 そう言ってくれるのは嬉しいのだが、その反面、そうまでして買い被られてしまうと先が思いやられる。まさか自信満々に断言してくれるとは。

 実はまさかダンス未経験だなんて口が裂けても言えないな。


 絶品のパイを食べて(本当に美味しかった)、いざ風呂に入るという段になって “事件” が起こった。


 「えっ……」

 ドアを開けると、そこには一糸まとわぬアンラの姿があった……。


 「な、何でアンタがここにいるのよ!?」

 状況が飲み込めてくるとともに、どんどん彼女の顔が紅潮していく。


 「いや、えっ! だって、風呂に入ってとシュタイナー氏から言われて……」


 「な、何を言っちゃっているのかしら。今はワタシの時間よ。こんなの常識じゃないっ!」

 ふと、『自分の常識は他人にとっての非常識』という言葉を思い出した。


 「ていうか、いつまでいるのよ。出てけーー!!」


 ということで、タオルを投げつけられ、そのまま追い出されてしまった(当たり前だ)。うっかりと質問に答えてしまったのがダメだった。


 しかし、ドアに鍵を掛けないとは! 

 なかなかチャレンジング精神豊富なんだな。


 いや、というよりかはアンラの言葉通り、風呂は皆それぞれの時間帯で分けているのかも。


 そうか、お付きのメイドが風呂のお世話まではしないのね。


 う~む。

 それにしても、ツンデレキャラにありがちな見事なまでの展開だった。

 たわわに実った良いモノを見せてもらった。眼福、眼福。


 こうして、夜の短い間に【2種類のパイ】(意味深)を堪能した俺だった。


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