第92話 橋を渡るとそこは石造りの街でした
出発準備を終えた俺はさっそくサルキアへの旅を始めた。
まずは通ってきた街道をひたすら戻り、あるはずの細い分岐を探す。
そこまでは身体強化スキルでひた走る。
さすがに通行人がちらほらいる街道で飛翔はできない。
何しろ、飛んでいる姿を見られること自体がリスクとなるからだ。
「あった。これだ!」
うっかりして一度は通り過ぎてしまったものの、地図と照らし合わせて何とか見つけ出した。
それにしても本当に細くて目立たない小道だ。
さて、これから俺の魔法が本領を発揮する。
いよいよ日常空間魔法を発動させ、林内の小道に沿いつつも少し離れた場所を飛翔する。俺の自慢の魔法『フローティング・ディメンション
思ったよりも木が邪魔だったので、高度をちょっと上げて、樹冠の上を移動していく。小道を見失わないよう注意しながら……。
う~ん、気持ちいい。
体全体に当たる風が心地よい。
どこぞやの監視に引っかからないよう、あえて緑の『地面』スレスレを飛ぶ。
「おっ、鳥だ!」
鳥といってもここでは『魔物』なのだが、そんなことはどうでもよい。
ちょっと追いかけてみたくなった。
「こらっ。待てーー!!」
予定を変更して、さっそく追いかけまわす。
だが、ものの数分もしないうちに諦めざるを得なかった。
「ダメだ。早すぎる……」
そう、まったく追いつけないのだ。
とにかくスピードが足りない。
いかんせん、空間魔法で飛べることに気づいて日が浅いこともあり、まだ俺は飛翔についての理解が浅い。せっかくだから、この機会にこれを何とかしたい。
まず、根本的な要因は俺が飛んでいる際の『姿勢』にある。
今は『空飛ぶじゅうたん』よろしく、薄い板状の空間魔法で作った立体の上に正座かあぐらかで座っているだけだ。そのため、速度を上げると板から転げ落ちそうになってしまう。となると、自然と出せるスピードが制限されることになる。
これを改善しよう。
残念ながら、空間魔法で生成できる立体の形には制限がある。立方体、直方体、円柱といったシンプルで簡単な図形しか具現化されない。つまり、イスや飛行機といった複雑な形状には変形しないという弱点がある。
とりあえず、板の上に乗ることをやめ、試しにうつ伏せになってみる。
「おっ。こっちの方が安定するな」
こうするだけで、板からずり落ちそうになることは無くなった。空気抵抗も感じにくい。そして何より疲れにくい。
本質的な改善にはならなかったが、これでスピードの問題はかなり解消された。
◇
こうしてドンキル大渓谷の近くまで無事にたどり着いた。ここから先は飛翔魔法を使わない。不審に思われないよう、面倒だが、小道をひたすら歩いて進む。
あれか!
ついに大渓谷の近くまで来たところで、検問所が目に入ってきた。
「止まれ!」
大柄な男が大げさな身振り手振りで俺の行く手を阻もうとする。
「サルキアへ入域を希望する者だな?」
「ああ、そうだ」
「サルキアの身分証はあるか?」
「いや、無い」
「なら右側の建物で荷物検査をする。それが終わったら、2つある橋の内、右側を進め!」
それにしても本当に一人ずつ荷物をいちいちチェックするのか。律儀なものだな。
木造の建物の内部は、まるでトイレのように仕切りがされていた。
「持ち物をすべて出せ!」
個別のブース(?)に入ると専属の係員から指示が下った。
こうして持ち物の検査が終わったら、大渓谷をまたぐ細長い橋を渡っていく。俺が通っている右側の橋は左のサルキア住民用のものよりも細い。だが、等間隔に警備員が立っており、物々しい雰囲気が漂う。大渓谷の景色を楽しむ余裕などまるでない。
そうしてたどり着いた先にはまたもや検問所があった。
ここでびっくりたまげることが起きる。
「お前たちには再度、荷物検査を受けてもらう。あっちへ進め」
いや、ついさっき荷物検査をしたばかりじゃないですか。しかも今度は服の中まで厳重に調べられた。もう既にこの街が嫌いになりそうだ。
だが、俺は荷物がほとんどないから、実はこれでもかなり楽な部類。
というのも、空間収納で諸々の荷物はしまってあるからだ。
ただし何も荷物が無いというのは逆に怪しい。
そのため、粗末なリュックをダミーとして身に付けている。
もちろん中身は適当だ。
案の定、隣の人は荷物から武器が見つかったため、質問攻めにあって苦労している。
この感じだと解放される頃には日が暮れてしまうかもな。
かく言う俺はもちろん武器は隠しているので心配いらない。
本当に便利だな、空間魔法。
苦労して手に入れた甲斐があったというもの。
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