第81話 お風呂あがりに空中遊泳はいかがですか?


 風呂から出た後は空間魔法で台を作り、イスのように腰かけてみる。せっかく露天風呂のような景色が目の前に広がっているのだから、湯冷めしない程度に休みたいと思ったからだ。渓流の音が心地よい。




 あー。

 なるほど。


 大分いい感じだが、イスとしては微妙に高さが足りない。


 もうちょっと高さを上げて……。


 えっ!?

 ま、まさか!!


 そう、高さを調整しようとしたその矢先。空間魔法のイス、もとい台が、予想に反して上に伸びることはなかった。しかし、肝心のその台が自分を乗せたまま上にするすると上昇していたのだ。



 【俺は、宙に、浮いている】


 えっ、いや、そんなバカな。

 しかし、確かに空中に浮かんでいる。


 知る限り、この世界で空を飛べる魔法やスキルは存在しない。


 もしかしたら魔族は飛べるかもしれないが、人間が空を浮遊するなんて話は聞いたことがない。


 これは大変なことになった。


 とにかく、今の不安定な姿勢は危険だ。慌てて腰かけるのをやめて台の上に乗り、体を安定させる。


 さて、問題は次だ。


 そのまま台を上に持ち上げるイメージをする。

 すると、目論見通り、上へ上へとするするとゆっくりと昇っていく。


 もうそろそろ樹冠だ。


 樹冠に到達した。


 もうちょっと。


 ついに樹冠を突き抜けた。


 サティアは平坦な土地で、山はもちろんのこと、丘すらない。

 今、俺の視界を遮るものはなに一つない。


 スゲェー!!


 絶景がそこに広がっていた。

 見渡す限り一面の樹海。

 少し離れたところにサティアの街が見える。


 あっ。

 ヤバい、ヤバい。


 チラッと視界に入るまでうっかり失念していたが、サティアのギルド会館には高い物見やぐらがあったことを思い出した。あまり高度を上げて目立つのはよした方が良さそうだ。


 慌てて樹冠より少しだけ高い位置まで降下する。

 それでも眺めは十分によい。


 せっかくだから、空間魔法で『飛翔できるか』どうかを確認しておこう。

 今は飛んでいるというよりかは、単に宙に浮かんでいるだけだ。

 両者には天と地ほどの差がある。


 さっそく移動を試してみる。


 移動……、できた!


 単純に浮かぶだけでなく、飛べることがこれではっきりした。


 あぁ、なるほど……。

 そういう事か。


 ここで頭の片隅にあった疑問がまたもや氷解した。


 サティアと魔物の異常種を発生させているという触れ込みのサルキアの街は目と鼻の距離。だが、地図屋で買った地図には不可解な点があった。両者の間に2種類の線が長々と引かれていたのだ。俺はてっきり街の境界かと思っていたが、一目で厳密には正しくないことを悟った。


 そう、サティアとサルキアの間には巨大な渓谷が横たわっていたのだ。非常に深く、幅もある立派な大渓谷だ。その渓谷に沿った一帯の土地には線上に草原が広がっている。二つの街は岸辺に近い場所にあり、互いに向き合って位置している。


 とにかく、これが太めの線の正体だった。サンローゼから続く長い街道がここで途切れていたのも納得できる。見たところ橋は掛けられていない。


 ついでにもう1種類の線も何かわかった。サティアの向かいに見えるサルキア領だが、まるで城郭都市のように見えたのだ。渓谷に沿う形で巨大で長い壁がそびえ立つ。まるで『万里の長城』みたいだ。当然、街は壁の向こう側だから家々の詳細はここからでは確認できない。


 う~ん。

 どうやらサルキアはこれまで見てきた街とは一味も二味も違う、かなりクセのある都市かもしれない。


 予想外の空中浮遊の発見で急上昇したテンションだったが、ちょっとこれは……。この異様なサルキアの街を目の当たりにして、急速に熱が冷めていくのが自分でもわかった。


 これは勘だが、あのサルキアにはきっと何かがある。

 俺の直感がそうささやいてくる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る