第80話 異世界でも俺はちゃんとしたお風呂に入りたい


 

 『この世界でも、ちゃんとしたお風呂に入る』


 そんな突拍子もないアイディアを思い付いた俺は、すぐさま宿を飛び出した。

 目指したのは川だ。


 そして今、ついに俺は小さな渓流のほとりにいる。


 ここで思いついたばかりの考えを形にするのだ。もし予想が当たれば、異世界でもちゃんとした風呂に入れる。


 まずは実験だ。


 つい昨日まで俺が使える魔法は火焔魔法のみだったが、今は放水魔法に加えて空間魔法さえも手に入った。


 実は、これまた頭の片隅でずっとモヤモヤしていたことがあった。


 それは【複数の魔法の同時発動は可能なのか】という問題だ。

 もし仮に可能だとすれば、ゆったりと体が浸かれるだけのお湯を作れるはず。


 試しに獲得したばかりの空間魔法で沢の一部を立体的に切り取ってみる。


 できた!


 というか、単純な思いつきだったが、空間魔法でこういう使い方が本当にできるとは。


 次に、それを岸に移動させて、日常火焔魔法で加熱する。


 おおっ!!

 風呂になった。


 どうやら空間魔法の効果を維持させたまま、火焔魔法も支障なく使えるようだ。


 見るからに良い感じ。

 もうこれは完全に風呂だ。

 ちょっと指を入れてみると湯加減もちょうどいい。


 だが……。


 よく見ると、お湯が汚い。

 葉っぱだけならまだしも謎の生命体の死骸が浮かんでいる。

 そして水も何だか濁っている。


 う~む。

 イマイチだな。


 あと一歩なんだが……。

 さすがにこれに入るのは気が引ける。

 

 あっ!

 またもや天から強烈なアイディアが降ってきた。

 まさに天啓。


 これだ!!


 まず、沢の水を使うという考えを捨てる。


 そう、今の俺には放水魔法があるのだ。


 ただの水を噴出する手もあるが、後で適温まで加熱するのがやや面倒くさい。


 そうだ! 


 火焔魔法と放水魔法を合わせてお湯を生成するイメージ。

 これで行こう。


 バシューー!


 手のひらから猛烈な勢いでお湯が噴き出す。


 よし、第一段階は成功!


 次にやるのは、空間魔法で容器を作ること。


 すると何やらよく分からない立方体が出てきた。


 まぁ、いいや。

 とりあえず、これにお湯を注いでみる。


 おっ、首尾よくうまい具合に貯まっている。

 これは良さそうだ。


 数分後。

 目の前に完璧な風呂が出現した。


 しかし、この空間魔法で作ったバスタブがまだ信用できない。

 いざ入浴してみたら『片足が異空間へ飛ばされました』、みたいなことになっては風呂どころではない。


 試しに小石を投げ込んでみる。


 おっ、立体の底にちゃんと沈んだ。

 どうやら問題なさそうだ。


 安全が確認できたので、指を入れてみる。

 湯加減は申し分ない。

 もちろん水質も良好だ。


 さっそく入ってみるか。


 「ぷっはぁーー! 効くーー!!」


 思わず声が漏れる。


 天国はここにあった。


 元の疲れがあるのに加え、なにせこの世界に来てから初めてのまともな風呂だ。

 その分もあいまって、俺は最高の時間をぞんぶんに堪能した。


 それにしても、この魔法の同時発動ができるという事実はすばらしい。


 勝算はあった。


 空間収納を使いながら他の魔法を使うことも可能であったからだ。しかし空間収納はかなり特殊だからそれ抜きで考慮する必要がある。だが、こうして見事に魔法の同時併用ができてしまった。


 はっきり言ってしまえば、これは【革命】だ。


 例えば、『光の三原色』をイメージしてもらいたい。

 赤・緑・青の3色があれば、その組み合わせや混合によってすべての色を生み出すことができるという。


 それはつまり、複数の魔法の種類を組み合わせることにより、単一の系統魔法が無数の可能性を秘めた存在に大きく生まれ変わることを意味する。


 言うなれば、これまで未知だった『新しい効果』をそれこそ無限大に生み出せるはずだ。むしろ【新しい魔法】を生み出せるという考えの方が近いのかもしれない。


 もはや火焔系やら電撃系やらがどうたら、という古い価値観は今この瞬間をもって消え失せた。

 


 これは……。

 やっちまったかな、俺?


 もしかしなくても本質情報のような気がする。


 いずれにしても、さらなる研究が必要だ。今の俺には手持ちの3種類の魔法を混ぜ合わせることしかできない。だが、知られている魔法として、まだ電撃・土石・氷結が残っている。もしこれらを習得できたら……。


 じゅるり。


 おっと、よだれが垂れてしまった。


 俺はこの世界で天下を取れるかもしれない。

 そこまで欲張らなくても命の危険におびえることはほとんどなくなるだろう。


 次なる目標は、これら3つの未習得の魔法を覚えること。


 はぁ~、なんと有意義なバスタイムなんだ。




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