第68話 クマ騒動の裏側で


 突如として現れた『ブラッド・ベアー』2頭とサイが相対していたちょうどその頃。実はその様子を高台から遠目に観察している二人組がいた。全身茶色ずくめの姿で頭は深々と頭巾を装着している。周囲の土の色に溶け込むその出で立ちは、見るからに怪しさ満点である。


 彼らが居座るその場所では、鉱山の出入り口付近の広場がよく見下ろせる。

 まさに監視をするには持ってこいの場所だ。


 言うまでもなく、ブラッド・ベアーがあばれる様子やそれを討伐しようとする冒険者の集団がはっきりと見えた。


 そう、彼らは騒動を引き起こした張本人そのもので、今はこの騒乱の監視の任に就いている工作員。


 とはいえ、多少なりとも鉱山まで距離があるので、いくらよく見えるといえども仔細な部分までは分からない。


 街の要ともいえる価値の高い鉱山だから周辺の警備は厳重そのもの。多少、騒乱を作ったところで、捕捉されることなく安全に観察できる場所はここ位しかなかったのだ。


 それに二人はその冒険者集団に紛れて観察できない理由もあった。


 「おい。あれほど入念に準備した『特製ブラッド・ベアー』が一瞬で倒されてしまったぞ」


 「これはどういうことだ。こんな事態など想定している訳がない。この街にはか弱い冒険者しかいないはずじゃなかったのか?」


 「完全に想定外だな。だが、倒されてしまったのは仕方ない。すぐにグルートゥス様にご報告せねば……」


 「しかし見たか?」


 「さっきのファイアー・ボールを、だろ?」


 「お前、まさか気付いていなかったのか。いや、あれは確かにファイアー・ボールだったが、偽装されていたな」


 「偽装だと! それはどういうことだ?」


 「そのままの意味に決まっている。中心部に高密度の炎の塊が隠されていた。あのソロの冒険者。身なりは粗末だが、意外とやり手かもしれんな」


 「となると、やはり討伐対象に……」


 「うーむ。しかし、我々にとって脅威になるほどの存在だろうか?」


 「確かに。しょせんは火球だしな」


 「いや、そんなことを言っている場合ではない。何しろ計画が半分しか達成できていない。本来ならばあのままブラッド・ベアーに採掘場を完膚なきまで破壊させ、当分の間、魔石の採掘をストップさせるはずだったのだからな。それから街を混乱の渦に引き込むはずだったのだが……。こうなった以上、追加の計画は中止というか保留だろう」


 「やっぱり怒られるかなぁ?」


 「何を言っているんだ! 当たり前だろ。今から言い訳を考えなければ」


 「とてもじゃないが、冒険者一人に倒されたなんて報告できる訳が……」


 「あぁ、もちろんだ。そんなことが露呈すれば我々が粛清対象となってしまうぞ」


 「じゃあ、どうすれば……?」


 「とりあえず、ブラッド・ベアーは単に巨大化しただけで制御がうまくいかなかったということにしよう。実際、見た目が大きいだけで強さや俊敏さはイマイチだったしな。嘘ではないだろう。それに緊急招集で大量に討伐隊を編成されたのも敗因だと報告できる。これも実際、その通りだ」


 「さすが、言い訳の天才! それでいこう」


 「ふっ。何年この仕事をしていると思っているんだ。当たり前だろ。ただ、この線でうまくいけばいいが……」


 「まぁ、大丈夫じゃないか? とりあえず、きちんと仕事をして一騒動は起こせたしな」


 「どうする? あの冒険者を追ってみるか?」


 「いや、それはやめておこう。どの道、この距離からではあの群衆に紛れた冒険者を探し出すのは不可能だよ。それに彼の身なりがあまりにも普通すぎた」


 「どれもこれも鉱山の警備のせいだ。それで見晴らしをよくするために、周辺の草木が根こそぎ刈られているときてる。そのせいで、俺たちがわざわざこんな離れたところから監視をする羽目に……」


 「愚痴はその辺にしておけ。ギルドの増援も来たところだし撤収するぞ。今回はこれで仕舞だ」


 こうして、またしてもサイの知らない間に不穏な会話が取り交わされていた。







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