第69話 現金を取るか、魔石を取るか

 さて、『ブラッド・ベアー』を単独で2頭も討伐してしまった俺だが、ちょっとした狂乱騒動に巻き込まれてしまって困っている。


 まさかの胴上げまでされてしまったのは予想外。

 そして無神経な質問を矢継ぎ早に浴びせてくる奴も多い。

 さらには賞金のおこぼれを狙ってくる奴すら出てきた。


 やたら馴れ馴れしく「俺たち、友達だろ!」と言われても初対面だし、そもそも名前すら知らないんだが……。


 もしかするとアレか、宝くじで高額当選をしたらこんな感じになるのかもしれない。


 早くこの場を離れたいと思っていると、ちょうど良いタイミングでギルドの増援が到着。彼らは手際よく俺をそれらの有象無象の集団から引き離してくれた。こうして俺は事なきを得た。やはり人間の集団は苦手だと改めてそう思う。


 しかし興奮冷めやらないのはギルドも同じだった。

 またしても、お礼という名目で厳重な取り調べを受けている最中だ。


 いや、厳密に言えばそのステージは終わり、次の段階に移行した。


 ここはギルド会館の2階で、目の前にいらっしゃるのがカディナのギルド会館でトップのアンゼリカ地区長。身分が高いにもかかわらず、彼女自身がB級冒険者だという。


 かく言う俺はようやく最底辺のFランクを脱出したばかりの身で肩身が狭い。


 「此度は見事な活躍だったぞ。改めて貴殿に礼を言わせてもらう」

 見るからに小柄で清楚な見た目の女性だが、言葉遣いがやたらと古めかしい。


 「いや、俺は単に依頼を遂行しただけだ。それに2頭とも首尾よく倒せたのは運が良かった」


 「その【運】が素晴らしい。運も実力の内とはよく言ったものだ。ウァッアハッハ!」

 あぁ、分かった。見た目は女性でも中身はオッサンに違いない。


 アンゼリカが言葉を続ける。

 「お、おほん。それで報酬の件なんだが……。ちょっと言いにくいことがあってだな」


 「ふむ、それが何か気になるな」


 「いや、なに、討伐の報酬は予定通り60万を支払えるのだが、問題は魔石の方だ」


 「魔石?」


 「そうだ。諸般の事情で詳しいことは言えないが、ブラッド・ベアーの魔石は貴殿にお渡しできない。だが、それでは貴殿は納得できないだろう。あー、そこでだ。私から2つの選択肢を提案したい。それを是非とも検討頂けないだろうか?」


 やはりそうきたか。おそらく、いや、ほぼ間違いなく、討伐したブラッド・ベアーが【異常種】だから魔石を一般人に見せたくないという理由なのだろうな。


 適当に普通の魔石を渡すという手段もあったはずだが、魔石採掘がメインな街だからブラッド・ベアーの魔石がたまたま無かったのかもしれない。あるいは巨体に見合わない普通のサイズの魔石だと怪しまれて、最悪、カディナのギルドの信用問題に繋がりかねないことを恐れているのかも。


 俺としては理由は何であれ問題ない。問題は俺にとってメリットがあるかどうか、そっちの方が大事だ。


 「分かった。その二つとは?」


 「最初の選択肢だが、まずは魔石の買い取りだ。確かに貴殿には直接魔石を引き渡せないが、既に回収済みの魔石2個をギルドが買い取るということだ。ブラッド・ベアーなら基準の買い取り価格としては1個につき5万だが、特別に8万を出そう」


 「ほう。なかなかの条件だな。それでもう一つは何だ?」

 高値な買取りというのはありがたいが、サンローゼでの異常種の高額買取りと比べるとややケチっている感じがする。確かに悪くない条件だが、今一つのような印象がぬぐえない。


 「もう一つは……。知っての通り、このカディナの街の名産は鉱山から取れる『魔石』だ。そこでだ、その採掘された魔石を代わりに支給するというのはどうだろうか?」


 「ふむ。なるほど。しかし価値が釣り合うかどうかその辺りはどうやって調整するんだ?」


 「むろんそれが重要だ。だから貴殿には選んでもらおうと考えている。君、例の物を!」

 そう一言、若い男の秘書に言いつける。しばらくして、秘書がトレイに魔石を載せて戻ってくると、アンゼリカが続けてこう口にした。


 「ここに10個魔石がある。いずれも質は極めて高いギルドお墨付きの品だ。本来なら、どれも単体でブラッド・ベアーの魔石よりはるかに価値がある、のだが……」


 「……のだが?」


 「訳あって特別に譲るのもやぶさかでないということだ」


 「ほほう、それは興味深い。とりあえず話だけでも聞こうじゃないか」


 「うむ。実はこれらの魔石はギルドが誇る鑑定士軍団をもってしても価値がよく分からなかったものなのだ。これは基本情報だが、そもそも魔石は魔道具にセットして使うのは知っての通りだと思う。しかし、魔道具にどういった魔石を使うか知っているかな?」


 「いや、知らないな」


 「一言でいえば、『魔道具のレベルにあった魔石を使う』というのが正解だ。つまり、Aランク相当の魔道具にはAランク以下の魔石を使うのが定石で……。というか、それしかできない」


 「と言うと……?」


 「魔石はいわゆる消耗品だが、他方で魔道具は替えが利かない超高級品だから自然とそういう使い方になってしまうのだ。レベルの異なる上位互換の魔石を使ってしまうと魔道具が壊れてしまうかもしれないからな。そういった事態を避けるため、貴族やギルドの上位冒険者は細心の注意を払ってそういったことが起こらないようにしている」


 「それじゃあ、ここにある魔石は?」


 「むろん、そういうことだ。先ほど話した通り、質は高くて価値があるのは間違いない。見たまえ。くすみもないし、ひび割れもない。おそらくレベルが高い一等級の素材なのだろう。元となった魔物の種類はよく分からないが、いずれにせよ間違いなく高い魔力が込められた魔石だ。逆に言えば、これらを使うと魔道具が壊れてしまう恐れがあるので、おいそれと販売用には回せない。そういったところだ」


 「なるほど、事情はよく分かった」


 ふむ。これは二つの選択肢のどちらが得策なのか、よくよく考える必要がありそうだ。








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