第60話 ランクアップは可能ですか?


 さて、度重なる命の危機に見舞われた我々だが、蓋を開けてみれば負傷者ゼロ、『ホーン・ディア』4頭討伐、そしてオマケの『フレア・ウルフ』の魔石と成果としては上々だった。


 もれなく全員疲労困憊だが、そうは言ってもいられまい。

 まずはギルド会館にて精算を行わねば……。


 このパーティーに加わる際に決まり事として俺はいくつかの条件を飲んでいた。

 特に重要なのが、報酬分配についての取り決めだ。


 もちろんお金に関わる極めて重要な事項で少しでも妥協すべきではないのだが、このパーティーで俺が貢献できる保証はどこにも無かったため、他のメンバーの1人当たりの報酬の2/3ということを自分から提案していた。それは問題なく受理され、今に至る。


 まぁ、自身で報酬の引き下げをするというのは、いつもの俺のポリシーからするとあり得ないが、今回は勉強代込みとして妥当だっただろう。


 特に狩場についての詳細や実際の狩りのやり方など、たくさんの学びがあった。ぶっちゃければ無給でも収穫はあったと言えるが、さすがにそれはやりすぎだ。


「ダルガーさんとカタレナさんのパーティーですね。狩りはどうでしたか?」

 受付にはエリナがいた。


「おう。成果は上々だ。これを見てくれ」

 ダルガーはそう言って、一人一本ずつ背負っているホーン・ディアの見事な角を指さした。


「サイさんも狩れたんですか! 良かったですね」


「あぁ、何とか1頭だけ倒せたんだ」


「それでは買い取りはいつも通り奥で行います」


 エリナは俺たちが持っていた角を台の上に置くように指示した。しばらくすると、素材買取り担当のルノアールが下りてきた。


「ほほう、これは立派な角だ」


「そうだろ、そうだろ!」

 お調子者のグラーゼが得意げだ。


「うむ、これなら基準価格よりも少し上乗せしても問題なかろう。魔石込みで1セット3万2千クランでどうだろうか?」


 リーダーが一目見まわし、カタレナが首を縦に振っているのを確認し、問題なさそうと判断したようだ。


「あぁ。それで構わないぞ」


 こうしてホーン・ディアの魔石と角は計12万8千クランで捌けた。正直、これまでに受けたキノコ狩りの報酬の方が高かったし、この長旅とリスクに見合う金額かどうかは不明だが、概ね順当といったところかもしれない。


 何しろ日本円で言えば128万円相当なのだから。


「それより、ルノアール。今回はびっくりたまげる品があるぞ」

 そう言って、カタレナは例の品を取り出した。


「な、何だこれは!」

 驚きすぎて、すっかり引いてしまっている。

 何を隠そう、例の品とはフレア・ウルフの魔石だ。


「こ、これはまさか……。君たちはあの【フレア・ウルフ】を倒したのかね?」


「おう、そうだぜ。このルーキーのサイが、なっ!」

 なぜかグラーゼが自慢げにそう話す。


「また君か、サイ。こんなのFランクで倒せるような魔物じゃ……。いや、ひとまずそれは置いておこう。この魔石は一体どうしたら……。いや、質問を変えよう。そもそもフレア・ウルフはどうやって倒したんだね?」


「もちろん戦闘火焔魔法でだが……。知っての通り、俺はそれしか魔法が使えないからな」


「ぎょえーー!! 戦闘火焔でだって~~!!」

 またこのくだりか。


 それにしても、いつにも増して大げさな反応だ。

 さすがに飽きてきたな。


「強敵のようだが、とりあえず倒せて良かったよ」


「いやいや、そういう問題じゃなくてだな。はぁ、まったく……。いいかい。ギルドで長年も素材買取りを担当してきた私でさえも、戦闘火焔でフレア・ウルフを倒したなんて話はこれまで聞いたことがないんだ。それにこの魔石は異常すぎる。ちょっと近づいてよく見たまえ。内部だけでなく表面にも全くヒビが入っていないのが分かるだろう」


「それはどういうことだ? ヒビが入っていた方が良かったのか?」


「逆だ。君も聞いているだろう。フレア・ウルフは氷結魔法か放水魔法で倒すしかない。するとだな、急激に冷やされた魔石はヒビだらけになってしまうんだ」


 あー、なるほど。


 確かに小さい頃、亀裂だらけのビー玉を作るのにハマっていたことがあるのでよく分かる。


 ガスバーナーで熱したビー玉を水の中に入れるとヒビ割れだらけで綺麗な状態になるのだ。温度差があると素材が劣化するということなのだろう。確かに納得のいく理由だ。すっかり忘れていたが、こんなひょんなことから思い出した。


「……だから、こんな魔石が取れることなどあり得ないんだ。これは高値で買い取らせてもらうよ。だが、少し待ってくれ。上と急ぎ相談せねば」

 そう言い残し、ルノアールは急ぎ足で上階へと消えてしまった。


「高価買取りだってさ」


「一体いくらの値が付くのか待ちきれないぜ」


 皆、好き放題言っているが、俺としては心中穏やかではない。


 しばらくすると、ルノアールが戻ってきた。


「待たせてすまなかったな。約束通り高値での買取りをさせてもらう。通常のフレア・ウルフの魔石で200万クランが基準価格だが、今回は質を勘案して300万クランでどうだろうか?」


「300万!!!!」


「えっ、ちょっとビックリなんだけど」


 グラーゼは目を丸くしたまま動いていない。


「やっぱり凄い額になったな。サイはそれでいいか?」


「あぁ、俺は問題ない」


 こうしてフレア・ウルフの魔石は300万クランという破格の値段で買い取ってもらえた。この魔石は俺が倒したものだから、全額俺のものでもいいと言ってもらえたが、そうせずに150万だけ受け取った。


 何というか、額が額なだけに、あとで揉め事になりそうな気がしたからだ。味方だと思っていた人間に後ろから刺されるのが一番困る。


 火焔魔法を使ってしまったのは失敗だったが、結果オーライといったところか。魔石の品質が変化しなかったのは幸いだった。


「だが……」

 うん? ルノアールが何かまだ言いたげだが、気のせいか表情が暗い。


「言いにくいのだが、サイ君のランクアップの件は如何ともしがたい。これも【特殊事例】ということで上が難色を示している。あと少しで昇級に必要な経験値はクリアできるのだが」


「これ『も』ということは、やっぱりシルバーメタル・アリゲーターはそうだったんだ」


「ゲフン、ゲフン……。まぁ、とにかく、そういうことになってしまった」


「いや、ちょっと待った。それはおかしいだろう」

 ついにカタレナが口を開く。


「Eランクへの昇級は難しくないはずだ。これが査定に入らないのは百歩譲って仕方ないとして、ホーン・ディアの経験値でも足りないのか?」


「それが、ホーン・ディアの経験値を考慮しても若干足りてなくてな。一応は説得してみたのだが、力足らずで申し訳ない」


「ちょっと訊きたいことがある。もしかして、ホーン・ディア4頭を4人で討伐したという計算になっていないか?」

 おっ、さすがリーダー、目の付け所と質問のタイミングが絶妙だ。


「そうだが、何か問題かね」


「問題大アリだ。これを倒したのはクレアとサイの二人だぞ。経験値の計算をやり直してくれ」


「なるほど、そういうことなら何とかなるかもしれないな。Fランクが討伐というのは本来ならば査定の対象から外れてしまうが、極端に冷遇するわけにもいかないだろう。また、急ぎ上と相談してくる」


 しばらくしてルノアールが下りてきた。


「問題なく認められたぞ。今度こそEランクだ!」


「やった!!」

「さすがだな、サイ」

「良かったぜ」

 なぜか俺よりもパーティーメンバーの方が盛り上がっている。


「だが、認められたといっても、これでも難色を示してきてな。これまでのギルドへの貢献について持ち出して何とかなったくらいだ」


 前々から思っていたが、このギルドという組織にどうも引っかかる。何か裏があるような気が拭えない。


 何はともあれ、これでようやく俺も最下位のFランクを卒業ということで嬉しい。


 それでもEランクにすぎないので、魔物討伐の依頼すら受注できない訳だが、まずは第一歩ということで喜ぼう。


 しかもルノアールはおそらく勘違いしてしまっているが、2人で4頭という数そのものは確かに正しいが、実際は『クレアが3頭、俺が1頭』というのがより正確な事実だ。勝手に1人で2頭ずつ倒したと解釈してくれたのと、他のメンバーがその誤りを正さなかったのが功を奏した。皆に感謝だな。


 さらにこれとは別に感謝しなければならないことがある。


 実は狩りの途中で倒した山賊から金品を回収していたのだ。それも大雑把ではあるものの、メンバー全員に分配された。そもそも奴らを討伐したのはこの俺なのだが、死体から金目の物を奪うという発想がはなから無かったのだ。


 まぁ、最終的には自分も受け取ってしまったので、結局のところ同じ穴のむじなになってしまった。


 とはいえ、ここは異世界だし、これ位は大丈夫だろう。

 仮にあのまま死体を放置しても自然に還るだけだからな。


 そうして金品を回収して判明したことがある。それは彼らの懐事情。どうやら金回りはけっして良くなかったらしい。


 そりゃそうだろう。もしそれなりに力があれば、強い魔物を倒した方がずっと金になる。わざわざ大人数で盗賊家業をしているということはそういうことなのだろう。


 ちなみに奴らのアジトは突き止められなかった。

 近くにあるはずなのだが、その点が残念だ。


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