第59話 ホーン・ディアの姿を拝みたい


 度重なる想定外の危機の数々に襲われながらも、結局は予定通り、『ホーン・ディア』の討伐に向かうことを決めた。


 そんな我々だが、さすがにそれよりも場所が遠い『ジャンピング・フォックス』狩りは諦めようということになった。


 もちろん体力を消費してしまったという理由ではあるものの、それよりも想定外の収入があったことの方が大きい。わざわざ無理して遠い狩場に行く必要もないだろうという判断だ。


「ここだ! ここから脇に入っていくぞ」


「用心しろ。足元にも注意して進め!」


 ダルガーとカタレナが指さしたのは何の変哲もない道の脇だった。どうやら薄っすらと見える獣道に入っていくようだ。途中から道を逸れるというのは常軌を逸した危険な行為だが、それよりもこのポイントが分かりづらいことこの上ない。


 なるほど、だからか。

 ここに来て、ふと合点がいった。


 というのも、今回の任務で俺に大事な狩場の位置を共有することにより、そのような極秘情報が漏れてしまう可能性を当然リーダーとしては考慮していたはずだ。


 しかし、これほどの奥地でしかも道を逸れるとなれば、再度ここに来ようという気には到底なれない。たった一回こっきりで案内役が務まるような場所ではなさそうだ。


 そんな訳で、グングンと森の奥へと分け入っていく。


 山道といっても少し上るだけで概ね平坦だから体力的にはそれほど問題ない。しかし獣道程度の道なので、とにかく足元が悪い。それでも巨大な盾で植物を押さえながら先導してくれるグラーゼのおかげで着実に前へと進みつつある。


 それから30分後。


「もうすぐ狩場だ。武器を用意したら、ここからは音を立てないよう静かに進んでいくぞ」

 ダルガーの一言で一気に緊張感が高まる。


 何はともあれ、とうとう目的地に近づいたようだ。


「ここだ」

 カタレナが安堵の混じった様子でそう静かに、そして同時に自信ありげに口にした。


 ついに1泊2日の行程を経て、我々はホーン・ディアの狩場に到着したのだ。


 なるほど。

 数十メートル先には三日月状の大きな池があり、よく見るとホーン・ディアが何頭か水を飲んでいる最中だった。あれが今回のターゲットか。着いていきなり見つけられるとは本当に良いポイントなんだな。


 それでこのホーン・ディアという鹿のような魔物だが、頭には細長い一本角が生えており、まるでイッカクのようだ。白い体躯がもはや美しいを通り越して神々しく見えるほど。


 これを倒しても天罰が起きたりしませんように。


 そんな祈るような気持ちでいると、

「早速やるぞ。いいな!」

 ……とダルガーは早速、クレアに弓矢の指示を出した。


 クレアは既に弓を引き、照準を合わせ、慎重に、そして大胆に矢を放った。


 バシュッ!


 一発で命中した。


 しかもホーン・ディアの背後を狙ったため、首と頭を同時に貫通し、水を飲んでいる最中の低姿勢そのままで音を立てずに倒れ込んだ。


 完璧だ。

 これなら水を飲んでいる他のホーン・ディアも逃げ出さない。


 もう一頭も難なく、クレアが仕留めた。

 さすが飛び道具の達人。

 見事だとしか言いようがない。


「サイ。お前もやってみるか、最後の一頭?」


 そうだな。

 ここまで来たのだからやってみたい。

 せっかくのチャンスだから上手くモノにしたいところだが……。


 俺が使えるのは魔法となると火焔系のみ。

 身体強化スキルで小石を投げてみてもいいが、先の『ベリー・フェレット』の時とは違い、相手があまりにも大きすぎる。


 これを試してみるか。


 まず右手で握り拳を作り、続いて親指と人差し指だけを開き、銃のような形にする。そして撃鉄に見立てた親指の部分で照準を合わせ、人差し指の先端から銃弾を放つかのように密度の高い炎の球を1発だけ放った。


 ヒュン!


 失敗した。

 球はホーン・ディアの脇を高速でかすめていった。


 しかし不幸中の幸い、まだ水を懸命に飲んでいるホーン・ディアは狙われていることに気づいていない。


 まだチャンスがある。


「惜しかったね。球が曲がればいいのに」


 うん? 球が曲がる?


 そうか。

 その手があったか。


 つい現代日本にいた頃の発想で、一度放った魔法のコントロールは出来ないのだと勝手に思い込んでいた。


 だが、もし火球が魔力の塊、もしくはその変型版であると仮定すると、発動者の意思で発動済みの魔法であったとしても、ある程度は操れる可能性があるかもしれない。


 ありがとう、クレア。


 もう一回トライだ。

 おそらく最初で最後のチャンスになるだろう。

 それでも試す価値はある。


 再びゆっくりと照準を合わせ、慎重に戦闘火焔魔法を放つ。

 そして次の瞬間、球に意識を集中させると、グイっと緩くカーブして今度こそ頭部に命中した。


 やったー!

 思わずガッツポーズを決める。


 ここに【人間にとっては小さな一発だが、俺にとっては大きな一発である】という名言が誕生した。


 正直な事を言ってしまうと申し訳ないが、依頼で狩りに来ているホーン・ディアの討伐など、もはやどうでもいい。それより、魔法の制御の可能性を知れたということの方がはるかに重要だ。


 また一つ、魔法の真理に近づいたような気がする。


 さて、我々が倒したホーン・ディアは全部で3頭。これらの角を切り取り、素材として持ち帰るのだ。もちろん魔石と毛皮も。残念ながら、肉は量が多すぎるので、大半を埋めて供養した。


 そうこうしている内にまたホーン・ディアが1頭だけ水を飲みに来たので、それをクレアが容易く仕留めた。


 しめて4頭の討伐だ。

 それの解体もしている間にとうとう日が暮れ始めた。


 結局、ここで更なる野営をし、狩った素材で重くなった荷物を担ぎ、元来た道をそのまま引き返した。足が棒になるとはまさにこのことだが、ポーションを飲むと一瞬である程度まで回復するので、ここが異世界で良かったと思う。

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