第57話 そう言えば野営をするのはこれが初めてだ
まさかのAランク級の魔物に襲われるという想定外の出来事があったものの、目立った人的損耗そして物的被害は皆無というのは運が良かった。
その後のパーティーメンバー全員での簡単な話し合いの末、我々は予定通り、『ホーン・ディア』の討伐に向かうことになった。
ちなみにもう一つの討伐目的の魔物である『ジャンピング・フォックス』 の狩場はかなり遠いので、ホーン・ディアの成果を見てから行くかどうかを判断する。
しかし行くのは今日ではない。
実は既に日がかなり落ちてしまっている。
残念ながら、予定の野営ポイントまで到達できなかったが、安全のために近場で野営をするしかない。幸いにも比較的近くにやや開けた場所があり、危険な森の中とはいえキャンプ地は一瞬で決まった。
さっそく日常系火焔魔法で火を起こし、魔物の肉を焼く。
これらは道中に他のメンバーが魔法や弓矢などを使って倒したものだ。と言っても、ほぼ全てをカタレナが討伐している。手際の良さから察するに、狩りの名手に違いない。
俺はちょっとばかり下準備を手伝っただけなのが少しばかり気になるが、ここは甘えて食事を頂こう。
「どうだ。美味いだろうー。なあ、サイ」
グラーゼの言う通りだ。
確かに美味しい。
はっきり言ってしまえばグラーゼはこれらの肉を全く狩れておらず、自分とほぼ同じような低レベルの貢献しかしていない。あくまでも肉そのものに関しては、だが。
しかし言わずもがな、彼の貢献はずばりその調理技術そのものにある。
わざわざ調味料を持参してくるほどで、彼の作る料理のどれもこれも味は格別だった。
もちろん調理といっても薬草と一緒に焼いて、香辛料をまぶした程度の質素なものだ。しかしそれでもたき火で肉を焼いただけというのとは、次元の違う旨さであろうことはよく分かる。
「うん、さすがグラーゼの料理だね! 美味しいよ!!」
やはりクレアも同意のようだ。というか、グラーゼは料理番としてパーティーメンバーに採用された可能性すらあるぞ。
こうして和やかな雰囲気で夕食が進んだが、やはり例の話題無しに終わることは無かった。
「しかし、さっきの戦闘火焔は凄かったぞ。ダルガーの言う通り、けた違いの魔法だった」
そうカタレナが口火を切った。
あぁ、その話は避けたかったのに……。
何しろ俺には秘密があまりにも多すぎる。そして『フレア・ウルフ』の戦闘時に仕方ないとはいえ、自身の手札を見せすぎた。
「やはり気になって仕方ないが、やはり君をパーティーに加えたことは俺の見立て通りだったな」
リーダーまでそう言ってくれるのは嬉しい。しかし、秘密が今にも露呈してしまいそうだ。ダルガーは豪快だが、あまり細かいことを気にしない大雑把な性格のようなので助かっている。
うーむ。また適当な話をこれまでのエピソードを軽く交えて大袈裟に話してみるか。
「実はかくかくしかじか……」
俺はここぞとばかりに記憶喪失のことや、つい最近になって冒険者登録をしたことなどを一通り話した。
「うぅ~。そんなことがあったなんて」
「ホントだよ。ちょっとびっくりしたぞ」
「なるほど、な。だからまだFランクと合点がいった。実力通りならBランク、いや場合によってはAランクにさえ昇級できるかもしれん。だが、納得できない点がある。あの魔法の威力はどうした? あと、無詠唱だったよな?」
やはりリーダーだけあって見逃してくれなかったか。まぁ、確かに俺がその立場だとしても聞き出したい内容だし、パーティーは信頼関係が大事だからこうして皆で共有しようというのも分からないでもない。
「あぁ、実はなぜか魔法の適性がそれなりにあるらしいんだ。もしかすると、頭のどこかしらが記憶喪失になった時に魔法が多少使えるようになったのかもしれない。だが、詳しくは俺もよく分からない。それに魔法が使えるといっても火焔魔法だけだしな」
自分で言っていて苦しい論理展開だが、これくらいしか話せない。
紆余曲折の末、とりあえず何とかけむに巻いて、ひとまずこの話を終わらせることに成功した。ふうー、さっきのフレア・ウルフの時よりも骨が折れるような苦労をした気がする。
周囲は魔物がうようよする危険地帯。火はこのまま炊いたままにしておき、交代で見張りをする。さすがに五人もいるので、思ったよりも担当時間は短かった。そうしている間に夜が明けていった。とくに魔物が出なくて何よりだ。
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