第54話 火には火を!


 さて、我々5人は誰一人として欠けずに生存している。

 少なくとも現時点では。


 問題はこの危機を乗り越えられるかどうかだ。


 相手はA級ランクの魔物のフレア・ウルフ。


 ここには撃退効果属性の氷結魔法と放水魔法の使い手はいない。

 したがって、魔法で倒すのはかなり難しい。


 さらには体表を覆う炎で物理的攻撃さえも無効化されてしまう。こうなると、はてさてどうしたものか。


「おい、サイ。気を付けろ!!」

 カタレナが叫ぶ。


 あ、ヤバい。


 靴紐が解けていたのに気が付かずにそれを踏み付け、あろうことかコケてしまった。

 よりにもよって、まさかのこのタイミングで。

 自分で言うのもアレだが、信じられない。


 そしてフレア・ウルフの動きが早すぎて体勢を立て直す時間がない。

 敵は真正面から向かってくる。

 辛うじて立ち上がったその刹那、魔物は既にジャンプモーションを開始していた。


 仕方ない。

 ここで魔法を使う。

 というか、それしか選択肢がない。


「火焔魔法はダメだーーー!!!!」

「やめるんだーー!!」

 ダルガーとカタレナが揃って大声で叫ぶ。


 だが、もう遅い。


『エクストリーム・ブルーファイアー!』


 俺の手からは青い高温の炎が火炎放射器の如く放出され始めていた。ちなみにこの魔法は今この瞬間に命名してみた。


 ゴオゥー!


 もの凄い火が燃え盛る音と共にみるみるフレア・ウルフの形が消えていく。

 これはもしかすると勝てているのか?


「……」



 およそ1分後、魔物は影も形もなく消滅した。どうやら倒せたようだ。思いの外あっさりと決まって拍子抜けした。


「お、おい。ちょっと待て。一体どういうことだ!? 今のは火焔魔法なのか? いやそれより詠唱はどうした? それに発動時間が早すぎるぞ。あの距離なら回避など不可能なはずだが……」


 ダルガーが驚きの表情を浮かべながら質問を連呼してくる。


 しかし可能な限り情報は伏せておきたい。

 あまり正直に答えられない事情がある。


 よもや『実は元々、別の世界にいたんです。それで気が付いたら魔法とスキルを会得していました。てへぺろ』、なんて言える訳がない。


「あー、どうやら俺には戦闘火焔魔法の適性があるみたいなんだ。だから人よりも火力が大きいらしい。それはさておき、危険は去ったということでいいんだよな」

 ここは得意な論点ずらしで逃げ切りを図りたい。


 実際、きちんと近づいて死骸を確認した訳ではないから重要な問いには違いないだろう。


「お、おう。問題なく倒せたと思うぞ。しかし、よもや戦闘火焔で倒せるなんてな」


「B級冒険者のアタシも聞いたことないくらいだ。炎系の魔物を火焔魔法で討伐できるとは驚いた。フレア・ウルフのような強敵が相手なら炎を吸収して逆に強くなってしまうもんだがな。さっきは助けられなくてすまなかったが、電撃魔法も効果がない相手でな」

 カタレナが同意してくれているが、フレア・ウルフを火焔魔法で倒すのがそれほど珍しいことなのだろうか。そしてやはり電撃魔法との相性が悪いのか。


「凄い、凄いよ。本当に倒しちゃったよ。Aランクの魔物を単独討伐だよ!? もしかしてサイさんは凄い人?」

 うーん。そうまで言われると恥ずかしい。


 でも実際問題として、これは凄いのか。


 やっぱりあまり成功したような気がしないな。

 どちらかと言えばやはり失敗だろうな。


 肝心な時に靴紐を踏んでコケるし、火属性の魔物に対してまさしく火に油を注ぐような戦闘をしてしまったのだから。下手をすればさらなる強敵になっていたのかもしれない。


 結果オーライとはいえ、パーティーメンバーを危険に晒してしまったのだから、これは大いに反省する必要がある。


「マジかよ。信じらんねぇぜ」

 グラーゼの顔つきは心底驚いているように見える。ポカーンと口を開きっぱなしだ。見るからに演技ではなさそうだ。うーむ、よく分からん。この前加減をミスして消し炭にしてしまったジャイアント・ボアの方が手強かった気がする位なのだが……。


 とりあえず倒せたので本件はめでたしめでたしとしよう。

 何という楽天的思考。





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