第38話 ひと騒動が人騒動で台無し
一通り料理が揃っていい感じに食べ進めている時に突如として事件が起こった。
それにしても、いつだってトラブルは唐突に起こるものだ。
「よぉ、兄ちゃん。女の子二人に囲まれて優雅に高級飯たぁ、いいご身分だなぁ。両手に花とは!! なぁ、おい!」
あっ、ヤバい奴に絡まれた。
今までの経験で分かる。
これは面倒なことになりそうだ。
やや小太りの30代半ばほどでいかにも冒険者風の男がいきなり絡んできたのだった。だがしかし、ここは店内だぞ。
誰がどう見ても頭がおかしいとしか思えない。
ぱっと見たところ、どうやら男は酒を飲み過ぎて悪酔いしているようだ。
そうは言っても、だからといってそれが免罪符になることはない。
「ちょっと、アンタ。なんなのよ、一体? 別に誰が何を一緒に食べようと問題ないでしょ!?」
お、おぅ、ノエルよ。その答えは間違っていない。けっして間違ってはいないのだが、ここでそれをその言い方で返すと問題がますます大きくなるのだが……。
「おっ、なんだ、その口の利き方は!?」
ほら、やっぱりそうなった。
思わず助け舟を入れる。
「すまなかった。静かにするからそれで勘弁してくれ」
「いーや、我慢ならん。姉ちゃんたち、俺のところに来いよ」
あぁ、分かった。
こいつ、人の話を聞かない超自己中系だ。
そこまでして女の子と一緒に食事をしたいのだろうか。
いや、考えてみると、確かにノエルとユエは可愛いからな。
……って、違う! そうじゃない。
この類の人間を相手にしたところでどうにもならないことを日本で散々経験している。いくら正論をかざしたところで通じるとは限らないのだ。
「ちょっと、それは勘弁してくれませんかね? 彼女らは連れなもんで」
「なんだと、俺の言うことが聞けないっていうのか!!」
男の大声が響くとともに、店内に不穏な空気が漂い始める。ちらほらと壁際に避難する客が出てきたほどだ。
「あの~、お客様。店内ではお静かにお願いします!」
ちょっとガタイのいいウェイターがそう注意するが、もはや怒りを鎮めるのは無理そうだ。
キーン!
金属の涼しげな音色が響く。
男が不意に剣を抜いた。
えっ、ちょっと待って。
こいつ、そんなに頭がおかしかったのか。
完全に想定外だな。
これはマズいことになった。
男が抜いたのは長鋼型の片手剣。俺が持っているのより
う~む。この感じだと、やりたくもないが、どうやら一戦交えなければならなそうだ。
とはいえ、正直、この男は強気な言動や行動とは裏腹に、実際のところそれほど強くない。いや、むしろ弱いくらいだ。それは鑑定スキルで確認済み。
一応、武器も鑑定してみるか。
鑑定。
--
品目・種別:長鋼型片手剣(アンドリオ式細身タイプ)
素材:ブロッシュワード鋼
総合等級:B(中級)
技術レベル:B
素材レベル:B
--
見たところ、剣自体はそれなりの素材と技術レベルで仕上げられている。しかし、俺の目は特記事項の一節に釘付けとなった。
--
特記事項:サンローゼ周辺地域で流通している汎用的な長鋼型片手剣。刃の中間部に中空状のひび割れ(大)有り。破断の恐れ高し。
--
うん?
これは!?
もし戦闘になるならばこの弱点を利用するほかあるまい。
中空状の裂け目ということは、外見では判別できないはずだ。
となると、おそらく男は剣に問題があることにまだ気が付いていない。
俺は適当に会話を繋げながら、周囲を確認する。
ダメだ。
使える武器が何一つない。
俺の長鋼型片手剣は宿の中だ。
護身用にいつも身に着けている万能短剣はあるにはあるが、内ポケットの中にある。
……だが、とてもじゃないが、この状況で出せるような隙が見当たらない。
椅子は複数人掛けの大きな作りで、カンフー映画よろしく持ち上げて武器に使うことはできない。
現実的には俺の身体強化スキルを使いまくって倒すのが手っ取り早いが、あまりにも超人離れした動きをするのは危険だ。公衆の面前で自分の手の内を大っぴらに見せたくない。
そんなことを考えていると、俺たちが頼んだ『スベスベドリの丸焼きペラスト草添え』が目に入った。
端的に言えば、ナイフとフォーク。
あぁ、これだ。なにしろ刃先が尖っている必要はまったくない。むしろ、峰打ち位でちょうどいいのだから。
俺はあえて震えるような仕草をして粗末なステーキナイフを手にした。そして両手で握りしめ、男の方に刃先を向けた。
「ガハハッ。こいつ、そんなもので俺の剣と勝負する気か!」
「ちょっと、サイ。それで相手にする気?」
「ねぇ、大丈夫? やめた方がいいんじゃない? 帰ろうよ」
それはもっともな意見だが、おそらく店から出ても状況は変わらないし、そもそも店から出してもらえないだろう。
「ふん。ちょうどいい。自爆志望とは! 俺様が特別に直々にお前の相手をしてやろう」
そう偉そうに言い放ち、ひと呼吸置いた刹那。男は構えていた剣を勢いよく俺に向かって振り下ろした。
ガキンッ!!
重厚な金属音が響く。
そして次の瞬間、男は茫然として立ち尽くしていた。
周囲の見物人、そしてノエルもユエも完全にあっけに取られている。
「武器破壊だ……」
野次馬の一人がそう呟く。
振り下ろされた剣は真ん中から途中で真っ二つに折れ、切られているはずの俺はと言うと、無傷で左手にステーキナイフを持ったまま、振り下ろされた剣の脇に佇んでいた。
「ウォーー!!」
「ス、スゲーーーーーーッ!!!!!」
「あ、あり得ないだろ。ただのショボいステーキナイフだぞ」
「見たか、今の!? あんな立派な剣が折れるって、一体どんな仕掛けなんだ?」
周囲が騒然としている。
「お、俺の剣戟が、自慢の武器が、こんなのに敗れた、だと!?」
そんな熱気とは相反して、驚きの表情を浮かべながら無気力で呆然と立ち尽くしている男がそこにいた。
そしてヘナヘナと座り込む。
その一瞬を周囲が見過ごさなかった。
あっという間に男は取り押さえられ、ギルド警団へと引き渡された。
こうして男はあっけなく御用となった。
ちなみにギルド警団とは警察のようなギルド直轄の自治組織のことだ。この世界では『重罪人を除いた』殺人はご法度になっている。
「サイ! あなた本当に強いのね!! 何がどうなっているのかさっぱり分からないけど、今の立ち回りは見事だったわ」
ノエルが驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべながら祝福してくれる。
「みんな無事でよかった。うぅ、怖かったよー」
そしてユエは今の出来事が相当怖かったらしく、俺にギュッとしがみついてくる。
そりゃ、そうだよな。
俺でさえも恐怖しか無かったぞ。
安心させようと、そっと頭をなでなでする。
◇
さて、ここでネタ晴らしをすると、真実はこうだ。
鑑定スキルで男の剣の弱点を知った俺は、剣が振り下ろされた瞬間、剣戟を避けるために身体強化スキルで横にスライドして直撃ラインを避けた。
これは合気道の技術を応用したものだが、それはさておき、それから間髪入れず、剣のひび割れの箇所に合わせる形でステーキナイフを強く打ち当てたのだ。
結果、男の剣は二つに分かれ、無様な短剣に変身した。
ちなみに俺だけなく、ステーキナイフも無事だった。
なぜなら、与える衝撃を強くするためあえて峰打ちしたのだから。
そのためステーキナイフの刃先はまったく欠けていない。
正直、この程度の衝撃で剣を折れるかどうかは賭けだったが、どうやら中空糸状のひび割れが本当に大きかったようで助かった。
こうして血を一滴も流すこともなく、そして店を壊すこともなく、必要最小限の影響で命の危機を回避できたのであった。
♦♦♦♦♦♦
本作をお読みくださり、誠にありがとうございます。
励みになりますので、★評価やフォロー(ブクマ)などの反応を頂けると嬉しいです。
★評価は最新話下部もしくは目次ページ(作品Topページ)から入れられます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます