第33話 宿屋でドキドキ体験


 こうして面倒な話が諸々と片付いた。もっとも、知らぬが仏、実は聞かなかった方がよかった話もあるにはある。だが、こういう裏話も知っておいた方が後々メリットは大きいだろう。情報は命だ。とりわけ俺がいるような訳の分からない世界では。


「ぐぅ~」

 まだ緊張感の漂う室内に突如として気の抜けた音が響く。


「やだ、ユエったら」


「つい、うっかり。でもお腹すいたね」


「はっはっは! 豪快な音だったな。そうか、腹が減ったか!」


 そりゃそうだ。

 すっかり忘れていたが、夕飯を取っているどころではなかったのだ。


 本来ならばシルバーメタル・アリゲーター討伐&生還記念に盛大に外食して散財するところだが、既に夜11時を回っている。


 ギルドも我々の一件が無ければとうに閉まっている時間であり、外で食べる機会を逸してしまった。多くの冒険者は危険の少ない昼間に討伐依頼をこなすので、必然的に朝型が多いのだ。


 誠に残念だが、生還記念祝賀会(仮)は明日に延期しよう。


 そんな我々を見かねて、ノーレンが助け舟を出してくれた。

「君たち、下の階で販売している【ギルド飯(特上)】を持っていくといい。これは討伐依頼のささやかな私からのプレゼントだ!」


 う~む。

 おっさんの全力ウィンクは見たくなかった……。


 それはさておき、『ギルド飯』とは言わばお弁当のことだ。

 この世界ではクエスト(討伐依頼)で野山を駆け回る冒険者が多い。彼らは不便な場所で依頼を遂行する。もちろん、そこらに定食屋があるとはいえない場所で。


 そのため、ギルドではお弁当を用意して冒険者の胃袋ニーズを満たしている。これは自動的に付いてくるものではなく、あくまでも自発的に購入するものだ。


 種類は3つ。並、上、特上のみ。しかしこれは言葉の綾といった方がいいだろう。実際のところ、並は粗食、上は普通といったところだ。ただし特上だけは言葉に相応しい、それなりの内容になっている。


 エリナ嬢から『ギルド飯(特上)』を約束通り受け取り、俺たちはギルド会館を出た。


「えっと、この後、二人はどうするんだ?」

 当然の疑問をぶつける。


「どうするって言われても。今からじゃ里に戻れないし、宿を探すしか無いわね」


 やれやれ。こんな深夜、しかもボロボロの女の子2人を放っておける訳がないではないか。


「もし良かったら、俺の泊っている宿にくるか? 多分、部屋も空きがあるはずだ」


「えっ、本当!? それがいいかしら。ねぇ、ユエ」


「うん、私もそれがいい。早くご飯食べたい」


 こうしてひとまず姉妹が俺の宿に来ることになったのだが……。


「あっれッーーーー!!??」


 宿に案内したはずの俺が思わず驚きの声を上げる。

 それもそのはず、宿はすっかり消灯してしまっている様子。


 ドアも閉まっている…… が、幸いにも施錠されていない。

 よかった。


 あれっ。

 あー、まさか。


 いつもの受付けのおばちゃんの姿が見えない。

 これは良くない。

 ヒジョーによくない。


 俺は苦笑いしながら、こうささやいた。

「どうする? 俺の部屋に来る??」


「あ、あんたの部屋ァ~!!」


「シー、静かに!!」


「べ、別にいいわよ」

 少し顔が赤くなっているが、とりあえず素直に了承してくれた。


「うん、それでいい」

 ユエも賛成のようだ。


 それなら、ということで2階の我が部屋に案内する。1人部屋にしては広いが3人で使うには狭い、そんな客室だ。なお、料金については理論的には問題ないはず。


 というのも、欧米のホテルのように、使った客室の数で料金が決まるからだ。つまり、この部屋を1人で使おうが、3人で使おうが、請求される金額は同じ…… はず。


 バフッ。


 部屋に入るなり一人で使うには大きすぎるベッドに腰かけた俺たちは、そのまま後ろに倒れ込む。


 あぁー、これはヤバい。

 快感だ。

 しかし寝てはいけない。


 しばらくしてから気合で起きた我々は、そのまま弁当をむさぼり食う。


 これが予想外にうまい。

 いや、ヒジョーに美味だ。

 まさしく疲労こそが最大の調味料などと思いつつ、ノエルとユエと会話を楽しむ。


 しかし今日はもう疲れた。色々なことが起こりすぎて、もう頭がパンクしてしまいそう。もちろんHPとMPの両方とも回復が必要だ。会話もそこそこに就寝へ。


「ちょっと着替えるからアッチ向いててよ」


 不意にノエルがそう切り出す。

 えぇー、いや、だってここ部屋1つだけだし、共同トイレと浴室は外にあるんだが。

 外で着替えれば、ということを切り出した時には既に手遅れだった。


 ……



 後ろでガサゴソと音がする。

 うーん、慣れてない。

 慣れてないぞ、俺。


 まぁ、ヘタレと思われてしまうかもしれないが、我々はついさっきまで死闘を繰り広げていたのだ。しかも妹は死にかけていた、ときている。さすがに今ここで関係を『深化』させるのは人としてはよろしくない気がする。


 しかしそんな微妙なオトコゴゴロをよそに無事、着替え終わったようだった。

 なんとか頑張って見なかったのは偉い。


「もう、大丈夫よ」


 振り返ると、可愛らしい寝間着姿の二人がいた。


 一体どこからそんなものを…… って、そうだった。

 つい忘れかけていたが、ノエルは空間魔法が使えるんだった。


 便利だな、空間魔法。

 これは俺も獲得したい。


 次の目標は今この瞬間に決まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る