第8話 ギルドの登録試験:大人しくする予定だったが……


 そろそろ試験が始まる時間なので裏手にある訓練場へ。

 訓練場はそれなりに大きい。

 ここは登録試験や模擬戦をするための土地になっているようだ。


 いるのは俺と試験官と思しき男以外には女性が一人だけ。


 試験官はガタイが良く、いかつい顔つきだ。顔に大きな傷跡があるのが生々しい。


「今日の試験官を務めるガルダールだ。お前たちが試験希望者か?」


 ドスの効いた重低音ボイスが響く。


「ええ、そうよ」

「あぁ」


 俺の流儀として他人にはひとまず礼儀正しく接することを心がけている。そうした方が後々はるかに大きなメリットを享受できるからだ。しかしここは異世界、うかつに下手したてに出て舐められるのは困る。


「よしっ。お前らには選択肢を与える。試験は3種類。一つ目の選択肢は俺との模擬戦、つまり対人戦だ。次に、向こうの的を魔法で攻撃する魔法力のテスト。最後は体力測定。これは単に身分登録したい奴だけがやる場合が多いが、とにかく3つの試験の中から好きなものをどれか選べ。お前たちはどうする?」


 う~ん。


 模擬戦は論外だ。そもそも中年おじさんの体力だし、やる気もない。それに痛いのは嫌だ。かと言って体力測定もだるい。器具を見るに、筋力測定と敏捷性の試験は必須で、場合によってはランニングで持久力も試されそうだ。それはちょっと。


 となると消去法だが、俺が持つ火焔魔法で勝負してみるか。女の受験生は既に俺と同じ考えのようだった。幸い、俺と同じ戦闘火焔魔法の持ち主で運がよい。


「なるほど。お前たちは二人とも魔法力の試験を選んだな。よしっ! ここのラインに立って、戦闘火焔の中でも自身の得意な魔法を的に向かって1発放て。的は壊しても構わん」


「まずお前からやるか?」


 おっと、いきなり俺に被弾したぞ。


「お先にどうぞ」


 そう言って順番を女に譲った。


 これには深い訳がある。

 実は詠唱の呪文を知らないのだ。


 下手に無詠唱で魔法を出して警戒され、最悪、尋問されるリスクはできれば回避したい。


 ここは小学校時代にやっていた、『隣人トレース』で乗り切ろう。『隣人トレース』とは小学校時代のラジオ体操でよく使っていた手法である。


 まったく体操など興味もなく、動きの一挙手一投足をまるで記憶していなかった俺は、両隣の同級生の動きをワンテンポ遅れて模倣することで乗り切った(?)。その経験を活かすときが来た。


 女は線上に立ち15メートルほど先の的に向けて照準を定めた。的はやや太い木の柱で中心部に銀色の甲冑が固定されている。おあつらえ向きの的と言えよう。


「我が手に宿る火の魔力よ。満ち満ちたる我が体内から顕現し、……」


 その瞬間、「ボンっ」と大きな音が聞こえてきた。「何だっ!」、と思って思わず音がした方向を見る。訓練場は巨大な衝立ついたてで区切られており、どうやら隣の高ランク魔法の昇格試験が原因のようだ。


「あっ!」


 思わず声が漏れる。しまった。今の爆発に気を取られて肝心な呪文を聞き逃したぞ。これは参った。あー。


 次の瞬間、女の手から5センチほどの火の玉が放出された。が、何やら様子がおかしい。火の玉状に尾が伸びた火球は的めがけてフワフワとゆっくり向かっていく。そして甲冑に当たった瞬間、はじけ飛んで火は消えた。


「ほう。なかなかの魔力だな。制御力もある。実践で使えるな、これは。Dランク位までならばすぐに昇格できるかもしれないぞ」


 予想に反して、試験官の評価は上々のようだ。

 魔物が倒せるか微妙に見えたが、これでいいのか?


「次、お前の番だ」


 そう言って指をさされた。


「はぁー」


 一呼吸おいてラインに立つ。手を伸ばして照準を合わせる。えぇーい、もうどうにでもなれ。俺はラクストン家で練習した小さめの火球を放つことにした。大げさに口をパクパクしつつ、聞きかじったばかりの中途半端な呪文を小さくブツブツ詠唱しながら。


「シュバッ」


 瞬速だった。俺の生み出した火球は大きさこそ先ほどの女のものと大差ないが、桁違いのスピードで飛び去り、しかも甲冑を貫通した。


「……」


 二人とも目を見開いたままあんぐりと口を開けている。そりゃそうだ。先ほどのものとは火力がまるで違うのだから。


「あなた、一体……」


「お、お、お前、何者だ。今の魔法はやべえぞ。あの練度、これまでほとんど見たことのないレベルだ。魔法のレベルは何級なんだ?」


「超級です」


「なるほど、か。それなら納得だ」


 いかつい試験官はうんうんと頷いている。本当は上級ではなくなんだが……。都合よく解釈してくれたので、せっかくだから、このまま勘違いしたままでいてもらおう。無詠唱だったことも何とかごまかせたようだ。


「今後の活躍に期待しているぞ。ところで、名前は何と言うんだ?」

 と試験官が言葉を続ける。


「サイです」


「サイ、か。覚えておくぞ」


 こうして試験は終わった。


「ねぇ、あなた。私と一緒にパーティーを組まない?」

 先ほどの女が話かけてくる。胸元をわざとらしく開けて見せ、あくまでもさりげなさを装いながらアピールしてくる。


 う~ん。


 俺は確かに戦闘火焔魔法を一応は使えるようだが、言ってみればそれだけだ。


 今の試験は何とか上手くいったが、単に静止している的に当てたにすぎない。実際には高速でよく分からない動きをする魔物を相手にせねばならないし、それに比べれば造作もない難易度に抑えられているはずだ。


 しかも他に使えるのは日常火焔魔法だけ。

 一見すると強いように見えてその実、穴だらけだ。

 むしろ穴しかない。


 それにしても、自分が強そうなのを見たうえで近づいてくるとは。そんでもって色仕掛けときたもんだ。


 そのような表層的な行動原理をする相手と組んで、お互いギブアンドテイクの関係になれるのだろうか。もしかしなくても、こちらにとってメリットが小さいかもしれない。


 それにこの女、色目を平然と使ってくるあたり、素性が知れない以前に怪しすぎる。前世というか前の世界では女性とほとんど縁が無かったこともあり、そこまで気疲れするような関係にはしたくない。


 ここまで頭ではなく感覚が勝手に判断して即座に、そしてもちろん丁重に、この誘いを断った。


 今はまだソロでいい。

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