第6話 出会いがあれば別れもある


 この世界に飛ばされてから早2週間。


 ラクストン家でお世話になってもうそんなに時間が経ってしまった。正直、あっという間だった。ものすごい充実感。そして人間らしさを取り戻した。そんな貴重な時間だと振り返る。


 しかし、ついにこの家を出るときが来た。


 他の誰でもない、これは俺が自分でそう決めたことだ。


 いやね、もっとこの家にいてもいいと思ったよ。


 でも、常識に疎い俺でもさすがに長居がすぎると思わなくもない。それにメイドの存在が妙に気になってしまう。というか、家にいる時は大体近くにいて世話をしてくれる。それはそれで有り難いのだが、やはり心が休まらないのだ。


 もちろん、それ以上の理由もちゃんとある。


 この世界のことを実際に知るためにはそろそろ『実戦の場』に身を置く必要があると思ったのだ。もっと色々な魔法、すごいスキルを身に着けたい。これは純粋に俺の好奇心にあがなえなくなったことが大きい。


 だってそうだろう。

 何しろ魔法だよ、魔法。

 手から火の玉を出せるなんて、すごすぎるよ。

 物理法則なんてものを完全に超えてしまっている。


 他の魔法もこのレベルかそれ以上だとすれば、これは是が非でも見てみたい。手に入れたい。そして使ってみたい。


 そう思ってしまうのは自然なことだろう。


 もはやこの溢れんばかりの感情は、この家で平和でのんびり暮らすことよりも上位に来てしまった。その我慢の限界に達したのが、おおよそこの2週間という期間だった。


「早かったな。本当にもう出てしまうのか。いつでも帰って来な。君は命の恩人なんだから、本当にまた帰っておいで。また、特製のラクストン・ソテーを作ってあげるから」


 クロナラは涙ぐみながら、ギガ・マンティスのお礼を繰り返し述べてくる。

「なにも遠慮するこたぁない。ずっとこの家にいても、ち~っとも気にならないんだから」


「サイ、今度はワタシの家に来てもいいんだからねッ!!」

 なんだかんだ言って優しいな、アンラも。

 気が付くと呼び方が『アンタ』から名前へとクラスチェンジしている。


 いけない、こちらまで涙が出そうになってしまう。


「そうだ、これを持っておいき!」


 そう手渡されたのは5千クラン金貨2枚だった。

 この世界で流通している硬貨だ。


 正直、通貨の正しい価値はよく分からない。


 というのも、ラクストン家にずっといたので、直接お金を使う場面を見ていないのだから仕方がない。


 そもそも俺自身はただの無一文だ。


 彼らの話を注意深く聞いた限りでは1クラン10円ほどの価値のようだ。もしそうだとすれば、幸いにも単純に金額を十倍すれば日本円に換算できる。


 紙幣はなく、50クラン銅貨、100クラン大銅貨、500クラン白銅貨、1千クラン大白銅貨、5千クラン金貨、10万クラン大判金貨、1千万クラン大判白金貨がある。


 一番下の貨幣で500円ほどの価値もあるのは不便だが、金属は貴重なのでそれより下の貨幣は存在しない。差額は次回以降に持ち越したり物を付けたり、オマケをしたりと適当に埋め合わせしたり処理するそうだが、いずれも常識とは違いすぎてにわかには信じがたい。


 さてと、餞別としてラクストンから差し出された合計1万クラン。


 俺の分析が正しいとすれば、おそらく現代日本では大体10万円(推定)の大金である。


 だが、ここは遠慮すべきではない。

 直感で分かる。


 丁重にお礼を述べてありがたく全額受け取ると、クラストンがこう続ける。


「いかんいかん、危うく忘れるところじゃった」


 目の前に差し出されたのは赤くて綺麗な小石だった。

 透明で宝石のように透き通っている。


「これは何でしょうか?」


「これはお前さんが倒した魔物から採れた魔石じゃ。これをギルドに持っていけば買い取ってくれるから」


 うーむ、なるほど。

 これも大変ありがたい。


 冒険者ギルドの様子を見たかったのでちょうど良かった。もし受付けで何か言われても不審に思われることのない、体のいい言い訳ができた。


「またねー!!」

 そう言いながら、アンラが赤いハンカチをブンブンと大きく振って見送ってくれる。本当に素晴らしい家に拾われたな、俺。改めてそう思った。


 とりあえず、楽しく生きるという俺のここでの目標は今のところ順調に達成されている。


 だが、問題はこれからだ。


 もはやこの先に敷かれたレールはない。

 あるのは自分の身が一つだけ。


 これを生かすも殺すも己次第だ。


 幸いにも俺は魔法の習得に長けているようだから、それを活かしていきたいところだ。


 前途多難なのは間違いない。


 それにもかかわらず、これまでにないくらいワクワクしている自分がここにいた。


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