第5話 アンラのときめきポイント


 アンラは突如として現れた謎多き青年の存在に大いに困惑していた。しかもこのラクストン家で短期間とはいえ、文字通り一つ屋根の下で一緒に生活するときた。


 えっ、何ですって? 記憶喪失!? たった一撃でギガ・マンティスを葬り去った、ですって? それは本当の話?


 あまりにも得体が知れないわ。

 まぁ、このワタシは見ていないのだけれど。


 でも、オジサマ・オバサマが冗談で言っているだけでなく、もし本当だとしたら……。

 そうだとすれば、自分の命の恩人でもある訳なので、無下に扱う訳にはいかないし。


 けれど、そうは言っても、アタクシは名高いフルストファー家の長女。

 あんな胡散臭い男の下手に出るなんてとてもじゃないけど出来ないわ!


 そう、アンラのプライドはエッフェル塔のように高かったのだ。


 フルストファー家はサンローゼでは下位ではあるものの、れっきとした名が通っている貴族。アンラの大きな実家には使用人が5人もいて、何から何まで身の回りのことはすべてやってくれる。


 今はたまたま農作物の扱いの勉強のため、親戚でもあるラクストン家に滞在していたところだった。そうでもなければこんな場所に来る必要はないのだ。


 そして彼女自身もその辺の冒険者レベルではない、卓越した魔法技能を持っている。


 言わずもがな、貴族に許された特権と情報網を駆使して、魔法やスキルを習得していたのだ。それらの詳細については当然ながら極秘で、お世話になっているラクストン夫妻にさえ部分的にしか明かしていない。


 彼女はさらに回想する。

 大体、あの謎の男(サイといったかしら)に気になることを逐一問い詰めても、本当に無知な様子なのも気味が悪いったらありゃしない。そもそも見かけない外見だし、一体どこから来たのかしら……。


 アンラの頭の中では、そんなところの疑問が泉の湧水のごとく吹き出るばかり。しかし、そんなあふれんばかりの好奇心を満たす答えは得られず仕舞い。


 自然とイライラだけがつのっていく。


 そんな時、偶然にもアンラは見てしまったのだ。

 あの男が魔法を使うところを。


 怪しい動きをしているから、ついつい壁に隠れながらコッソリと覗いていただけなのに……。


 後にアンラはこの安易な行動を心の底から後悔することになる。


 見るからにサイは【戦闘火焔魔法】を放っていた。


 そもそも戦闘系魔法が使える時点で只者ではない。

 しかし、輪をかけてその様子は普通ではなかった。

 なぜなら、かく言うアンラ自身も戦闘火焔魔法の使い手であるからだ。

 それゆえに魔法特性は知り尽くしている。


 だが……。


「えっ、何、今の?」


 ビックリたまげるとは、まさにこのこと。


 なぜならば、戦闘火焔魔法で重要な『大きさ・スピード・連射』のどれを取っても、これまで見たことのないレベルで実現していたからだ。


 そして驚くべきはその球体状の美しい火球。

 しかも、あんな威力のなんて聞いたこともない。


「ほゎー。すごいわ!! きれい!」

 思わず小さく声が漏れてしまうほど、彼女にとっては衝撃だった。


 とくにアンラの目を引いたのは軌道の安定性だった。

 的をめがけて一直線。


 あり得ない。

 火の玉はそれ自体が軽く、フワフワと漂うような軌道を描いてしまう。

 それがどうだろう。

 これ以上ないほどの完璧なまでのコントロール。


 最後に一人でこう呟いた。


「決めたわ。あの人の秘密には関わらないでおきましょう。知らないほうがいいこともあるわ」


 こうしてアンラの悩みはサイの知らないところで勝手に氷解していたのだった。


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