第2話 いきなりの戦闘:どうしてこうなった?


 ピキャーピキャー。


 けたたましい鳥の奇声が鳴り響く。


 気が付くと、森の中に一人横たわっていた。周りには誰もいない。ここはどこだろう。少なくとも落ちたはずの井戸の穴の底ではない。


 周囲の植物も普通ではない。いや、異常といってもいい。


 まさか、ここは別の世界なのか?

 俺は井戸に落ちて死んでしまったのだろうか?


 とにかく、まずは情報収集だ。


 見たところ服装や靴は元の世界のままだが、カバンや身の回り品は一切ない。何だか十歳くらい若返ったような気がする。記憶の欠落は見られない。


 しばらく歩き回っていると遺跡のような場所に出た。先ほどの遺跡とは異なるようだが……。


 よく見ると高さ1メートル位の石碑が立っている。全く見たことのない文字だが、不思議なことに内容のイメージがすらすらと頭の中に入ってくる。読める、読めるぞ!


 はたして水晶ドクロの力なのだろうか。しかし、そのドクロは一体どこへ?


 いやまて、この奇妙な感覚はなんだ。


 すると突如、ピポン!と音がして、目の前にまるでゲームのステータス画面のようなものが現れる。


 続けざまに声が直接脳内に響く。

戦闘火焔魔法せんとうかえんまほう(超級)を取得しました」


 どうやら本当に異世界に転生してしまったようだ。


 ヤバい。完全な未知の世界に来てしまった。にもかかわらず、どうやら文字は理解できそうだ。しかしこの火焔魔法というのは何だろう。異世界転生モノのアニメでよく見る奴か? 


 それにしても一体どうしたら魔法が使えるのかな。まったく分からん。取得できているなら使えても不思議ではないが。


 しばし本当に違う世界に来てしまったと感慨に浸ってると、遠くから叫び声が聞こえた。


 人だ、人がいる。

 慌てて声がする方へと走っていく。


 近づいてみると状況がはっきりした。見るからに人よりも大きなカマキリのような生物が老夫婦の前に対峙たいじしていた。いや、待て。どうやら老夫婦ではなく三人のようだ。間に女の子が挟まっている。


 周囲には護衛と思われる数人が血を吹いて倒れている。脇に止められている馬車も一台は大破し、倒れた馬は死んでいるようだった。女の子はすっかり怯えている様子でしゃがみ込みながら、お婆さんに必死にしがみついている。


 かたや、じいさんはというと長めの剣を持って巨大カマキリと立ち向かおうとしている。しかし、どうみても勝ち目はほぼ無いだろう。


 どうしよう。


 いきなり面倒なことになった。

 本能的に分かる。

 このカマキリ、どう計算しても戦って勝てるような、そんな生易しい相手では到底ない。


 仮に機関銃や手榴弾しゅりゅうだんをもってしても倒せるのか怪しい。そんな相手に素手相手は無謀だ。ここは逃げるしかないか。


 ギョロリ。


 まずい、気づかれた。

 カマキリだから俊敏だろうし、追いかけてくるスピードも速そうだ。


 このままでは俺の命も危ない。何の取柄もない自分だが、死ぬのや痛いのは臆病なまでに怖いのだ。


 すると、ピポン!と頭の中で音がする。続いて「超級発動条件が満たされました」と聞こえてきた。


 なんだが手が熱い。先ほど取得(?)できた火魔法か?


 まだ一度も使えてないが、くよくよと迷っている暇は無い。ぶっつけ本番でやってみよう。アニメで見たように右手を前に掲げ、ひとまず赤い火の玉をイメージする。


 そして、狙いが付けやすい大きな胴体に照準を合わせる。


 すると手のひらから30センチはあろうかという火の玉が現れた刹那、猛烈な勢いでカマキリ怪物めがけてすっ飛んでいく。


 バシュッ!


 見事に命中した。

 下半身の肉片が周囲に飛び散る。上半分だけになったカマキリ型生物はそのまま倒れた。

 まさしく瞬殺だった。


 安堵と共に腰がくだけてヘナヘナとその場に倒れこむ。


 はぁ、はぁ、はぁっ。

 息が乱れる。


 心臓の鼓動が止まらない。


 まさしく命の危機だった。


「ヒィーーーー!!!」


 女の子の小さなかすれ声の悲鳴が聞こえる。


 なぜだ?

 俺はたった今、そいつを倒したのだが……。


 本当に倒した、よな? 


 あ、今度はその女の子が倒れた。

 どうやらショックで気絶してしまったらしい。


 少し間をおいて老夫婦が女の子を抱きかかえながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「おおっ、まさに天のご加護か。あんた、ずいぶんと変わった服を着ているが、旅の者か?ありがとう、ありがとう」


「礼を言うぞ、若者よ。しかし今の魔法は一体全体何なのだ! あの威力と精度、到底並みのそれではあるまい。そして、今、詠唱をしたように見えなかったが」


 返答に窮してまごまごしていると、主人が言葉を続ける。

「いや、そんなことを言っている悠長な暇は無い。とにかく早く安全な場所に避難せねば。他にも何か魔物が出てくるかもしれない。それにギルドへの報告もせねばなるまいしな」


 そして、ようやく目が覚めた女の子が遅れて挨拶してくれた。


 否が応でも目に入ってくるのは、いかにもお嬢様といった感じのフリフリの服のせいだろう。


 中学生~高校生低学年くらいの可愛げのある女の子でまだ幼げだが、多少なりともツンデレっぽい。髪は茶色でセミロング。意外にもそれなりに胸がある。聞けばご夫妻の遠い親戚のアンラで、たまたま泊りにきているのだと言う。


「アナタ、命の恩人なんだって! その、あ、ありがとう」


 そんなアンラは顔を赤くしながらお礼をしてくれた。気絶したせいで肝心な俺が魔法を使う姿を覚えていない模様。ものすごく残念だ。でも、今の表情を見ただけで報われた気がする。終わり良ければすべて良しということにしよう。


 そういえば先ほどは緊急事態でそれどころではなかったが、なぜか言葉が理解できるし自分の話す内容もきちんと伝わっている。やはり文字の解読同様、水晶ドクロの力なのだろうか?


 ちなみに先ほど倒した獲物はギガ・マンティスといって、凶暴でそれなりに強い魔物のようだ。


 最近では活動が活発化して先ほどのように死者も出始めているという。悪い話を聞いてしまった。なるほど、これが魔物か……。


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