第3話 魔法の世界は当たり前だが日本と違う


 壊れた馬車と死体を残し、我々はそそくさとその場を離れた。


 爺さんは見た目にはそれなりに裕福そうな身なり。とうてい馬車が動かせるようには見えなかったが、蓋を開けて見ると、なんとまぁ実に操縦がうまい。かろやかな動きだ。人は見かけによらないといったところか。


 ようやく安全なところまで逃げ延びたところで身の上話が始まった。ご主人はラクストン、ご婦人はクロナラというそうだ。


 ちなみに苗字はこの世界では貴族以外では一般的でなく、名前のみ。


 また、自分の名前、サイトウ・イッサイは発音がこの世界の標準からかけ離れている。それらの理由により上手く聞き取られなかったが、ここは面倒なのでサイという名で通した。まぁ、嘘ではなかろう。それに偽名でも何の問題もない。


 こうして、この世界で俺の名前は【サイ】になった。


 彼らは隣町からの帰り道でこんなことに巻き込まれたとあっては可哀想に。

 かく言う俺も旅の途中でこんな死と隣り合わせの世界に迷い込んでしまったのだが……。


 それはさておき、さっきから間髪入れずに質問が飛んでくる。

 それこそ矢継ぎ早といった具合に。


「サイと言ったかの。さっきの魔法じゃが、ファイアー・ボールはそこまで威力や速度がないし、そもそも命中率が高くない。それに戦闘魔法のようじゃったが……。あんた一体何者なんだい?」


「本当にそんな凄い魔法だったのかしら? アタシは何も覚えていないのだけれど」

 そうか、やはり俺の渾身こんしんの一撃を覚えてないのだな。改めて聞くとこれはショックが大きい。


 しかし、この質問には困った。

 そもそも俺はこの世界のことを何も知らない。


 いずれにせよ、とりあえず本当のことを話すのは止めておいた方がいい気がする。優しそうな方々だが、トラブル防止は重要だ。


 それに面倒なことはとにかく嫌いという俺の省エネ主義的な性格上の理由もある。とりあえず、旅をしている最中に頭をぶつけ、記憶喪失になってしまった。ここはどこなのかすら分からないという体で乗り切ろう。


 これまでの理不尽な派遣社員として経験もあって、あまり他人と関わりたくない性分だが、魔法がある訳の分からない世界。


 ここは全力でこの親切そうな方々に乗っかろう。一応、命の恩人ということで、多少なりとも恩着せがましくなってしまうかもしれないが、それは致し方ない。


「ところで、サイ。今日の宿はどうするつもりなんだね?」

 ついにクロナラが俺にとって最重要、まさしく死活問題について触れてくれた。


「そ、それは、決まってないんです。仕方がないので、今日のところは森の中で野宿でしょうか……」


「それはダメじゃ。このワシが許さん。今日のところはウチに泊っていきなされ。皆、喜んで歓迎するぞ」

 予定通り、ラクストンが猛反対してくれた。


「そ、そうね。いいんじゃないかしら」

 アンラも恥じらいながら賛同する。

 この援護射撃には助かる。

 すっかりしおらしくなった姿は、なるほどどうしてカワイイじゃないか。


 さて、こうして言葉巧みに誘導した結果、先ほどのお礼として今日は家に泊めてくれることになった。『やった!』、と思わず心の中でガッツポーズを決める。


 あいかわらず俺はセコい人間だ。

 この俺がわざわざ森の中で野宿だなんて、そんな危険で野蛮なことをする訳がないじゃないか。


 とはいえ、この誘導のおかげでジャングルの中で夜を明かさなくて済む。そもそもここは異世界だから、何をどう取りつくろっても頼れるのはこの人たちだけだ。


 馬車に乗っている最中の会話でだんだんと様子が分かってくる。ここはエンドルシア大陸の内陸に位置するサンローゼという街の郊外。


 肝心の魔法についても分かってきた。


 この世界では日常系魔法と戦闘系魔法の2系統の魔法があり、それぞれ基本、初級、下級、中級、上級、特級の6段階に分かれている。ただし人によって同じ系統の同段階の魔法でも性能や練度に大きな差がある。そのためあくまでも個々人の魔法の『資質』は習熟度の目安でしかないそうだ。


 そのためギルドでは逐一試験をしてランク決めをするとのこと。

 なんじゃそりゃ。


 いずれの魔法も大陸中に散らばっている遺跡の石碑や遺物の文字を解読して読めれば習得できる。基本的な魔法、例えば火炎魔法の低レベルのものはあちこちに石碑や石板があるので習得は容易だ。


 だが、上位魔法や戦闘魔法を得るのは石碑の数が少ないので難しい。そもそも魔法は、厳密には石碑の文字を単に眺めただけでは獲得できない。それは取得希望者が文の意味をきちんと理解しないと石碑の機能が発動しないからだ。


 あと、遺物が元から破損していたり汚れていたり、内容が解読できない遺物もかなり多いという。


 ちなみに書き写した紙切れや木片では魔法は一切取得できず、この理由はよく分かっていない。


 この世界には、火焔魔法と放水魔法のほかに、氷結魔法、空間魔法、土石魔法、電撃魔法が存在する。取得&使用難易度は、概ね火焔、電撃、放水、氷結、土石、空間の順番で難しくなる。


 つまり火焔魔法は基本中の基本だった訳だが、いきなり戦闘系魔法を取得できたのはラッキーだった。


 ふ~ん。


 まるでよく分からない世界だ。

 しかし気になることがある。


 自分が得た戦闘火焔魔法の資質は『超級』。


 しかしこの世界にはそれが存在しない。

 これは一体どういうことだ? 


 もしかして、翻訳機能で未知だった部分が解読されたのでは??


 とするとだ。


 もしかして、この世界、俺がワンチャン、いやかなりの確率で無双できる可能性があったりするんじゃないか?


 いかんいかん、どうしても顔がニヤけてくる。

 まだ確証に至った訳ではない。

 そして何はともあれ、ぬか喜びは厳禁だ。

 いい加減この悪い癖から抜け出したい。


 おそらく中世レベルの生活水準、しかも危険な魔物がウヨウヨしている。


 本来ならば、そんな意味不明で危ない世界とは早くオサラバしたいと言いたいところだが、さっきの魔法の感覚がまだ沁みついている。


 これは鬱憤うっぷんした俺の心をリセットできるチャンスかも。


 それにしても魔法か。


 これは俺の可能性を切り拓いてくれるかもしれない。

 そんな気がする。


 それにそもそも元の世界に帰る方法は今のところナッシング。


 決めた。


 俺はこの世界で生きていこう。

 できれば現代日本のようなひもじい生活はしたくない。


 そのために強力で使える魔法を身に着け、いっそのこと人生の再チャレンジをしてみるか。


 そうだ、そうしよう。


 とにかくリベンジだ。


 今度こそ楽しく満足な日々、そして悔いのない人生を送ってやる!!

 待っていろ、俺のセカンドライフ!




 魔法とは別に【スキル】もある。

 たくさん種類があるらしいが、どれも曲者くせものぞろいだそうだ。

 得るのはとても難しい。


 魔法とは異なり、遺物の魔道具の文章を書き写した本を読むだけでも習得できるが、オリジナルの魔道具もろともギルドの関係者や一部の上位貴族が代々独占しているのが現状とのこと。


 したがって庶民が見れる見込みはノーチャンス。

 これはひどい。


 どうりで俺も敵を倒したのにスキルが会得できていない訳だ。

 やはりゲームやアニメでよく見る異世界とは世界観が少し違う。


 それとなく夫妻が持っている魔法やスキルについても訊いてみたが、うまい具合にはぐらかされてしまった。


 う~む。結論を下すための情報が足りない。


 生き残るための、そして勝つためにも、武器を、情報を、もっともっと得るべきだろう。この世界の理をあばいてやる。


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