破 ネコの声の謎

 リビングへ向かうママとおばちゃんを追い越し、ケンちゃんのお部屋に向かう。ケンちゃんちはメゾネットタイプ(マンションなのにお部屋にお二階がある)で、リビング手前に上に行く階段がある。


 ボクのように小さくてかわいらしいクリーム色を基調とした階段を上がって右の小さな部屋がほのかちゃん、左の大きめの部屋がケンちゃんのお部屋である。


 ボクのかわいらしい白い靴下を活用して足音を忍ばせて行くとケンちゃんの部屋のドアが開いていた。隣のほのかちゃんのお部屋を見るとこっちは閉まっている。


 いつもと違う景色にしばらく左右を見比べる。右左を間違っただろうか?


 いやいや、こっちがケンちゃんのお部屋。そっとドアが開いていたお部屋を覗くと、ケンちゃんは勉強机に座り、パソコンを見ていた。その後ろ姿が見える。マウスを握って何かを検索している。


 そっとそっと近づく。机の上のパソコンの横、ケンちゃんの手元にはライターとろうそく。


 おやおや?

 お線香の束もある。


 封は開いてないみたいだからまだ使ってない。おばちゃんが買ったローズガーデンのお線香とは比べ物にならないくらい安そうチープな感じ。


 ケンちゃんは何を検索しているのだろう?

 後ろからパソコンを覗き込む。


 黒い背景に赤い文字。所々に血が滴る感じのイラスト。『お祓いの仕方』と大きく書いてある。


 ふむふむ。

 何か怖い思いでもしたのかな?


「わっ、なんだよ」

 画面を見てたらケンちゃんに気づかれた。ふつうに驚いてボクを見る。


「さすがケンちゃん、ボクに気づくなんて」

 気配は消していたのにな。ボクの白い靴下はかなり有能なのである。


「気づかないと思う方がおかしいし」

 おばちゃんと同じような無表情でケンちゃんは言う。


 基本、ケンちゃんはおばちゃん似である。おばちゃんはたまにメガネをかけるけど、ケンちゃんは視力がいいからメガネはかけていない、一般的にキリっとした良いお顔をしている。ボクほどじゃないけど凛々しい感じかな。


 ケンちゃんは頑張って勉強ができる秀才タイプ。運動神経抜群で、女子にモテると思いきや、つっけんどんだからケンカになる。でも、密かに想っている女子は少なくないかもしれない。

 それはボクに関係ないからどうでもいい。


 ボクの気配に気づけるケンちゃん、実はすごいんだけどな。

 そう思ってたけど言わなかった。


「ドア閉まってただろ? 勝手に入ってくんなよ」

 中学二年生のケンちゃんはお兄さんぶってそう言った。

 でもボクはその言葉に首を傾げる。


「開いてたよ」

 ボクはドアを指さした。


 これでもかと開ききっている。

 ボクはドアに触れずに入ってきた。


「おまえは自分で開けて『開いてた』って平気で言うヤツだろ」 

「いつもはそうだけど今回は違うよ」

 ホントに開いてたのにな。


「やっぱりいつもは開けてたのか」

 やぶ蛇だったかも?


「ボクなら開けたらちゃんと閉めるよ。元の状態に戻すのが基本だから」

「そんなことないだろ。おまえは開けたら開けっぱなしだ」

 自分では閉めてると思ったんだけど、ケンちゃんに言われてみたらそうかもしれない。


「侵入するときは違うんだな」

 ボクのスキルを甘く見ない方がいいね。

 ケンちゃんはむっとしたように黙り込む。


「でもケンちゃん、やっぱり変だよ。いつもは心を閉ざし切っているケンちゃんと同じようにがっちり閉まっているはずのドアが開いていたんだもん」

「……」

 ケンちゃんにも思い当たることがあるようだ。否定をしない。


「だから、ケンちゃんもお祓いをしようと思ってたんでしょ?」

 ケンちゃんが無表情に黙り込む。


 ケンちゃんはおばちゃんと似ている。

 にっこり笑えば年相応のかわいらしさがあるのに、ムッとしてるから可愛げがない。泣く子も黙る中学二年生だからひねくれたがる気持ちもわからなくはないけれど。


 ボクは黙り込んだケンちゃんの手元からマウスを借り、ケンちゃんが見ていた画面を探る。何度か戻る矢印をクリックして手を止めた。


「みゅ?」

 ケンちゃんは『ネコの声』で検索をかけていた。


「勝手に見るな」

と言ってマウスを取り上げる。

 でも、知りたいことはだいたいわかった。


「ケンちゃん、夜中にネコの声を聞いたんだね?」

 探るまでもなく、閲覧履歴を見た感じでそんな感じだった。

 そう聞くと、ケンちゃんはぐっと黙り込む。


 聞いたんだ。

 ケンちゃんはおばちゃんよりも顔に出やすい。


「それで怖くなってお祓いをしようとしたわけ?」

「違う」

 ケンちゃんは強く言う。


 怖いわけではないらしい。

 ケンちゃんの言い方に怯えがない。怖いのをごまかそうという感じがない。


 ケンちゃんの後ろ、ボクの視線の隅っこに、シュンっと白い何かが通った気がした。ケンちゃんは窓際に机を置いて、外に向かってお勉強をしているから、窓の外、ベランダに何か居た。


 あの白っぽいのはネコっぽい。

 ケンちゃんちに前にいたネコのタマではないか?


 でもタマは……。


「どっちから聞こえたの?」

 ケンちゃんは壁を指さす。


 ほのかちゃんの部屋の方向……。

 だいたいの謎は解けた。


 ボクは窓からベランダに出た。

 ケンちゃんもついてくる。


 白い何かはいなかった。

 ベランダは広くてバーベキューができるくらいの大きさ。


 南に向かってプランターが置いてある。

 初夏だから花がたくさんさいていて、ピンクのバラが咲いている。


「タマ、バラの花が好きだったんだ」

 ボクがそれを見ていたらケンちゃんが言った。


「昨日はタマの命日で……」

 ぽつんとそれだけ言う。

 タマはケンちゃんの家にいたネコだった。


 ケンちゃんの住んでいるマンションはペット可で、ケンちゃんが生まれる前からおばちゃんが飼っていたネコ。白くて綺麗なネコだった。


「すっかり忘れてたから、タマが化けて出たんだと思ったんだ」

 それでライターとろうそくとお線香をコンビニで買ってきた。


「おばちゃんのお線香は、タマがバラが好きだったから使ったんだね」

 ケンちゃんはうなずいた。


 泣ける話だね。


「ひと箱は使いすぎだと思うけど」

 思わずつぶやいた。


「そんなに使ってないぞ」

 ムッとしたようにケンちゃんが言う。


 あれ?


「ひと箱なんて使ったら煙たいだろうが」

 ボクもそれは思った。


 ケンちゃんは限度がわからない唐変木なところがあるから、うっかり使ってしまったのかと思っていた。


 ベランダはケンちゃんのお部屋とほのかちゃんのお部屋ともうひとつの外階段から出られる。外階段はらせん状でなかなかかっこいい。リビングの窓から出られるもう一個のベランダからつながっている。


 ケンちゃんちはけっこういい感じのマンションなのである。狭いスペースでこれでもかと必要最低限の物がカチっとはまっている。


 ボクは白い影が向かった方向にあるほのかちゃんのお部屋に行く。

 いつもは開いているほのかちゃんの部屋のドアが閉まっていたということは、何か原因があるのはほのかちゃんのお部屋かもしれない。


 中を覗くと、ほのかちゃんが仔猫のお世話をしていた。

 ボクの後ろから覗き込んだケンちゃんが驚いて息をのんでいた。


 ケンちゃんが動こうとしないからボクはほのかちゃんのお部屋の窓を叩く。

 コンコンという音に、ほのかちゃんが顔を上げ、ボクを見て驚いていた。


 ボクを見ても驚いていたかもしれないけど、もっと驚いていたのはボクの後ろにいたケンちゃんにかもしれない。


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