ボクとケンちゃんの日曜日

玄栖佳純

序 ケンちゃんの一大事

 雨が降ったり降らなかったり、陽の光が差し込んだり差し込まなかったりする梅雨のある曇った日曜日。ボクはママの運転する車で従兄のケンちゃんの家、つまりボクのおばちゃんであるママのお姉さんの家に来た。


「おばちゃん、こんにちは」

 マンションのエレベーターで3階まで上がり、ケンちゃんちの玄関で、健康優良児の小学校三年生のボクは、ほとんどの人が魅了されるであろう愛らしい笑顔で言った。


「こんにちは」

 おばちゃんはニコリともせず、ボクとママを出迎えてくれた。


「おねえちゃん、お邪魔します」

 ボクと似たニコニコ笑顔でママが言う。


「いらっしゃい」

 表情筋がいなくなってしまったかのような無表情。


 今日の曇り空のような顔だけど、おばちゃんが不機嫌なわけではない。

 いつも通りのおばちゃんなだけである。


 ボクとママがニコニコしてもおばちゃんの表情は変わらない。ボクとママの笑顔の破壊力はハンパないんだけどね。


 さすがママのお姉さんなだけはある。

 長年ママとど田舎で育ってきた賜物だと思う。


 笑えばきっと素敵だろう。しかめ面でもママのお姉さんなだけあって整った顔をしている。整っているから表情がなくなると怖い。


 ニコリともしないけれど、これで面倒見がいい。口ではとやかくやかましいことを言ってても、行動は全力でボクとママを歓迎してくれる。


 この後もボクとママに手作りデザートをごちそうしてくれるであろう。そしてお昼には手作りでランチをごちそうしてくれるはず。


 だからというわけではないが、ボクもおばちゃんが大好きである。

 食べ物に釣られているわけではない。


 おばちゃんはなんだかんだで親切で優しい。表情がコレだから避けられるけど。


 おばちゃんとママに続いて玄関から上がると、ふわっといい香りがした。スンスンと匂いを嗅ぐ。


 ものすごい僻地にあるウチのど田舎の仏壇のお線香とは違う、そういう感じだけどなんかもっとモダンな感じの香り。


「おばちゃん、お線香の香り?」

 ボクはおばちゃんに聞いてみた。この匂い、前に嗅いだことがある。


 すると、空気が一変した。


「昨日、ケンが焚いたのよ」

 そう言うおばちゃんの顔が怖かった。


 これは本当に怒ってるヤツだ。

 目がわりとマジ。空気もピリっとしている。


「ローズガーデンでお姉ちゃんが買い込んでたお線香の香りね。すっごく高かったの覚えてるわ」

 ママも気づいたようですぐに言った。ママはおばちゃんの機嫌はあまり気にしない。ニコニコママにしかめ面おばちゃんはとっても仲良しだ。


 去年くらいにママの車で少し遠出して、おばちゃんとケンちゃんとほのかちゃんとローズガーデンに行った。けっこう広い場所がどこまで行ってもバラの花が咲いていて素敵だった。ちなみにケンちゃんの妹がほのかちゃん。ボクの1っこ下の従妹。


 帰りに寄った直営店でおばちゃんは大量にインセンス(お線香)を買っていた。お線香と言っても、仏様にお供えするのが目的ではなくて、お部屋をいい香りにして気分転換するための物である。


 大量に購入しているおばちゃんを見て、『おばちゃん、疲れてるんだな』って思った。一般的にバラの花の香りはストレス解消にいいらしい。


「高かったのに、ケンはひと箱使っちゃったのよ」

 おばちゃんは静かに言った。静かすぎるくらいに静かなのが恐怖を誘う。


「いっぱい買ってたからいいんじゃない? ひと箱くらい」

 おばちゃんは12箱くらい買ってた。


「いいわけないでしょ」

 ママとおばちゃんがそんなことを言っていた。


 でも、ストレス解消に効果的なバラの香りのお線香をケンちゃんが焚いたということは……

 ボクは天才的な頭脳を用いてケンちゃんの心情を推理する。


 ケンちゃん、ストレスが溜まっている?

 それは一大事だ。


「おばちゃん、ボク、ケンちゃんのところに行ってくるね」

 大事な従兄のケンちゃんの苦境を、ボクがなんとかしてあげなければ。


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