第3話
「おおっ! ウィルじゃないか、元気そうだな!」
――そんなことを考えて待ち構えていたのだが、食堂に足を踏み入れてきた幼馴染みの口から放たれたのは、そんな明るい声である。
食堂に入ってきたのは2年ぶりに遭う幼馴染み。アルスとイリーナ、エリッサ――3人は別れた時よりも良い装備を身に着けており、再会した俺に表情を輝かせた。
「噂は聞いてるぜ。『賢者』になったんだってな? あの『遊び人』が大したもんじゃないか!」
アルスが賞賛の言葉とともに肩を叩いてくる。
かつて親友だと思っていた男の声を聞いて涙が出そうになるが、グッと堪えて胸を張る。
「ふ……ふんっ! そうだ、攻撃も回復も援護だってできる上位職だぞ! 今さら戻ってこいなんて言っても……」
「いやあ、嬉しいなあ。お前が金も持たずに出て行ったからずっと心配してたんだよ。一応、金は故郷のお袋さんに送っておいたんだけど、必要なかったみたいだな」
「へ……えーと……」
アルスの口ぶりは穏やかで、純粋に友人の出世を喜んでいるようだった。
思わぬ反応に心を揺さぶられるが……ここで甘い顔を見せるわけにはいかない。成長した僕を懐柔するための罠に違いない!
「仕送りは感謝するけど、戻ってなんてやらないからな! 僕はもう君達とパーティーを組んだりしない!」
「はあ? 戻ってこいなんて言うつもりはないけど、急にどうしたんだ?」
「へ……い、言わないのか?」
アルスはきょとんとした顔をしており、何を言っているのかわからないとばかりに首を傾げている。
えっと……何だこの反応?
戻ってこいって言わないのか? 賢者になった僕が必要じゃないのか?
「私達の冒険はもう終わったからいいのよ。私達、これから冒険者を引退するのよ」
「へ……?」
横からイリーナが口を挟んできた。
赤髪の魔法使いは2年前よりも大人びており、胸もボンッと大きく膨らんでいる。
「聞いてないのかしら? 私達、この2年間で魔王を倒したのよ。アルスは国王陛下からの報酬としてこの町を領地として与えられたから、戻ってきたのよ」
「へ……魔王? な、なんで? どうやって?」
「あなたが『賢者』になったのと同じよ。この2年間でアルスは『剣士』から『勇者』になって、私は『大魔導士』、エリッサは『大司祭』になったの」
「ゆ、勇者? 大魔導師に大司祭?」
それはどれも『賢者』と並ぶ上位職である。
確かに、それらの天職が揃ったのであれば魔王だって倒せるかもしれない。
「私はアルスと結婚してこの町で暮らすことになって、エリッサも王都の大聖堂に迎えられることになったのよ。今日はお世話になった人達への挨拶回りね」
「そ、そんな……それじゃあ、僕は何のために……?」
ようやく3人の幼馴染みを見返すことができる力を手に入れたというのに、いつの間にかみんな手の届かない場所まで行ってしまった。
もう「戻ってこい」と言ってくれない。僕は何のために、これまで頑張ってきたのだろうか?
「それにしても……あのウィルが『賢者』になるとはなあ。ずっと俺達の足を引っ張ってたのが嘘みたいだ!」
「そうそう、『雑用を引き受ける』とか言って武器に間違った手入れをして壊したりしてたわよね」
「ああ、火属性を付与した剣を水洗いして壊したときにはマジで腹立ったぜ!」
「必要もないのに戦闘中に囮になって、かえって場を混乱させたりもしてたわね」
「そんなこともあったなあ! ボス戦の前に集中を高めていたのに、おかしな一発ギャグで場の空気を凍らせたりもしてたよな!」
「緊張をほぐすためにとお尻を触ってきたときには、魔法で焼いてやろうかと思ったわ」
「……セクハラ男。ほんとに迷惑だった」
懐かしそうにアルスとイリーナが思い出話をし始め、それまで黙っていたエリッサが蔑むように睨みつけてきた。
そんな……僕は良かれと思ってやっていたのに、まさか本当に足を引っ張っていたのか?
僕は本当にパーティーに必要ない存在だったのか?
「……僕は一生懸命やってたんだ。みんなの役に立ちたくて。みんなを助けたくて」
思わず本音がこぼれ出てしまう。
肩を落とした僕に、アルスが困ったように頭を掻く。
「ああ、知ってるぜ。だからあの日までお前に言い出せなかったんだよ。お前が足を引っ張ってるって。お前が誰よりもパーティーに尽くそうとしているのが伝わってきていたから、それが空回りしているって言い出せなかったんだ」
「酷い言い方をしたとは思ってるわ。だけど、あれくらい言わないと、あなたは諦めずに私達についてくるでしょう?」
「いつまでも守れない。いつか死ぬ」
アルスに続いて、イリーナ、エリッサまでもがそんなことを言ってきた。
そんな……みんな本当に僕に気を遣ってくれていたのか?
僕が逆恨みしていただけで、3人とも僕のことを思って追放していたのか?
「でも……正直、お前は冒険者を辞めるものだと思ってたけど、まさか賢者として成功するとはなあ。どうやら俺達の目が節穴だったみたいだぜ!」
「そうね、立派になってくれて嬉しいわ」
「ん、大したもの」
「う……」
どうしてそんなに優しい声をかけるんだよ。
僕が足を引っ張ってたのなら、もっと罵ればいいじゃないか!
戻ってこいと言ってくれず、それでいて優しい言葉をかけるなんてズルいじゃないか!
「うわああああああああああああああん!」
「ウィル!?」
「ちょ……急にどうしたのよ!?」
「お前らなんて大っ嫌いだああああああああああっ!」
いたたまれなさに耐えられなくなり、僕は泣き叫びながら食堂から飛び出した。
呆然とした幼馴染みの視線を背中に受けながら、あの日のように泣きながら町を走り去る。
自分の2年間は何だったのだ。
意地になって冒険者を続けてきた日々は無駄だったというのだろうか?
「うわああああああああああああああああっ! 僕に優しくするなああああああああっ!」
道行く人々が何事かと怪訝な目を向けてくる。
自分でも何を言っているのだろうと頭の片隅で思いながら、僕は町の大通りを走り続けたのであった。
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