第3話


「アルさん……僕のことを殺しにきたんですか?」


「おや、ずいぶんと荒んでいるね。まるでこの赤い大地のようじゃないか」


 疑いを込めた眼差しに、アルズワールは暢気な顔で応じる。

 アルズワールは、セージが魔神紋を得たときも、国王が処刑を命じたときも、1人だけセージのことを庇っていた。

 セージが生きて仲間の追撃をかわすことができたのも、目の前の賢者の助力があったからである。

 しかし、今のセージはそれに感謝する余裕はない。疑心暗鬼になってアルズワールを睨む。


「まあ……国王が君の殺害を命じたのは事実だね。逃がした責任を取れとか言って」


「やっぱり……!」


「待ちたまえよ、そう逸るんじゃない」


 アルズワールが左右に杖を振った。途端、その背中に襲いかかろうとしていたサソリ型のモンスターが氷に閉じ込められる。

 1人で荒野を彷徨っていたように見えるが、今もセージの周囲には無数の魔物が隠れて敵対者を警戒していた。恐るべき力である。


「国王には命じられたが従うつもりはないよ。王に義理はないが、君には義理も情もあるからね」


「そんなの……」


 信用できない、そう言おうとして止める。

 どう取り繕ったとしても、アルズワールの言葉に喜びを感じてしまうのは隠しようがなかった。

 自分にはまだ味方がいると信じたかったのだ。


「お前さんも災難だったな。これで人類の生存圏に居場所はなくなった。行くアテはあるかね?」


「…………」


 セージは無言で首を振る。

 アテがあるなら荒野を歩いてはいない。


「だろうな。そんな君に提案がある」


「……何ですか?」


「異世界に行ってみたくはないかね?」


「異世界……?」


 セージは首を傾げる。目の前の賢者が言っている意味が分からない。


「ロイドの……勇者の先祖が異世界から召還されたという話を、旅の間に話していただろう? 世界というのは一つじゃない。私は長年の研究により、異世界に旅立つ魔法を編み出したのだ」


「それって……ひょっとして、禁忌の魔法なんじゃ……」


「危険な魔法には違いない。しかし、新種の魔法ゆえに誰にも禁じられてはおらぬ。合法合法」


「…………」


 のほほんと笑う賢者を、セージは疑わしい目で見つめた。

 けれど……その提案は魅力的である。

 違う世界に行ってしまえば、国王も勇者も追ってこないだろう。裏切った仲間のことを忘れて、新しい生活を送ることができる。


「でも……僕にはこの刻印が……」


 セージは魔神紋に指先で触れて沈痛な顔になる。

 魔物を支配する力がある限り、どこの世界に行ってもセージは邪魔者である。


「刻印を消す方法は存在しない。たとえ賢者である私であってもね……ならば魔物がいない世界に行けばいいのだよ」


「え?」


「異世界の中には魔物がいない世界もある。事実、勇者の祖先もそんな世界から召還されたらしいぞ」


「そんな世界が……ううん、それなら……!」


 セージの瞳に希望の光が戻ってくる。

 魔物がいない世界ならば、魔神紋の力も関係ない。ただ奇妙な刺青である。


「行きたいです、異世界に」


「どうやら意志は固まったようだな。特に思い残したことがないのならば、さっそく魔法を使わせてもらうが……」


「心残り……」


 セージの頭に魔王討伐に協力してくれた魔物の姿が浮かんだ。

 懐いてくれた子、慕ってくれた子、セージのために魔王を裏切ってくれた子もいた。

 彼らにお別れを言えないのは心残りだ。


(だけど……僕がこの世界にいる限り、あの子達も人類と戦うことになってしまう)


 セージが人類である限り、彼らも人類と戦うことになる。

 自分のせいで友達になった魔物が傷つくのは嫌だった。


「うん……大丈夫だよ。このまま送ってください」


「ウム、了解した」


 アルズワールが杖をかざすと、セージの足下に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣から放出する光がセージを柔らかく包み込む。


「ありがとう、アルさん!」


 笑顔でお礼を言って、セージの身体が消え去った。

 アルズワールの理論が正しければ、このまま異世界に旅立って行ったのだろう。


「お礼を言うのはこっちだ。優しいセージ」


 アルズワールは口元に笑みを湛えて、ポツリとつぶやく。


「セージ、お前さんは人類に復讐することだってできた。だけど……君はそうしなかった。最後の最後まで魔王のようにならなかった」


 魔物に愛され、魔物を支配する力を手にしたセージは、あるいは人類にとって魔王以上の脅威になったかもしれない。

 それでも、そうはならなかった。どれほど人間不信になろうとも、絶望しようとも、セージは魔神紋の力を自衛のためだけに使い、人類を襲うことをしなかった。


「君は最後まで私の友人でいてくれた。心から感謝するよ、セージ」

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