第7話


 その後、取り決めの通りに国王の廃位と王太子の幽閉が決定された。

 新しく即位した王弟はこれまで通り教会に不干渉を誓い、ローゼリッタに対して多額の慰謝料を支払った。

 慰謝料の財源は前・国王と王太子の個人的な財産である。秘かに溜め込んだ貯蓄を奪われたことで前・国王の隠居生活はかなり侘しいものになってしまった。


 幽閉された王太子は1年と経たずに命を落としてしまう。

 過酷な幽閉生活に耐え切れずに病死してしまったというのが公の見解だが、一部の人間の間では教会を妄信する狂信者によって毒を盛られたのではないかと噂されている。


 聖女のマリンはというと、再び教会に預けられてかなり厳しく再教育が行われることになった。

 数ヵ月後、公務によって表に出てきた彼女はすっかりやつれており、以前の天真爛漫な笑顔は失われて人形のような顔になっていたらしい。

 聖女は生涯を国のために費やし、二度と男を誑かしたりすることはなかったそうだ。




「……どうなることかと思いきや、全て丸く収まりましたね」


『フム、我にはわからぬが……国が安定しているのであれば良きことだ』


 教会で祈りを捧げるローゼリッタに、頭上から降ってきた創造主の声が応える。

 知っている人間は多くはないが、ローゼリッタは日頃から創造主と対話をして国の現状について報告をしているのだ。

 それは「国は平和だから、手を出さなくて大丈夫ですよ」と報告して、トラブルメーカーな創造主が余計なちょっかいをかけてこないようにするために必要な処置だった。


『それにしても……貴殿が自分を裁けと言ってきたときには、どうなるかと思ったぞ。ローゼリッタよ』


「あら? おかしなことを言いますわね。私が死んだところで貴方様は痛くも痒くもないではありませんか」


 まるで気遣っているような創造主の言葉に、ローゼリッタは意外そうに目を瞬かせた。

 創造主は決して悪意のある存在ではないが……基本的に人間に対して無頓着だ。特定の人間を気にかけることはないはずである。


『そうだな、あのまま天罰を与えて殺しても良かった。そのほうが……お前を早く天界に呼び寄せることができるからな』


「は……? それはどういうことでしょう?」


『ローゼリッタよ、お前は誤解をしているようだが……我は人間に情がないわけではない。人間だって特定の虫や小動物を愛することがあるように、神である我とて特定の人間を気に入ることはある。少なくとも、ローゼリッタの祈りはここ千年の神官の中でもっとも心地良く、離れがたいものだ。創造主である我が執着を抱くほどに』


「…………」


 思いもよらぬ評価にローゼリッタは言葉を失う。

 まさか絶対的な上位者である創造主が、自分のことをこうまで気にかけてくれていたとは……完全に予想外のことである。


『お前があのクズと結婚していたら、我は生まれて初めて私情で破壊をもたらしていたやもしれん。結果的に見たら、これで良かったのかもしれぬな』


「そう、ですわね……大多数の国民にとっては、婚約破棄されて良かったかもしれません……」


 ローゼリッタは絞り出すように言葉を紡ぐ。


 枢機卿である父は、ローゼリッタのために新しい婚約者を探してくれているそうだが……これでは迂闊に結婚することもできない。

 まさか、自分が創造主から偏執的な寵愛を受けているとは思わなかった。


(一生独身。文字通りに神と信仰に身を捧げなくてはなりませんね……不思議と悪い気はしませんけど)


『どうかしたか、ローゼリッタよ?』


「……いえ、何でもありませんわ。我が創造主」


 ローゼリッタは溜息を吐きつつ、いつものように敬愛する創造主への祈りと報告を続ける。


 ローゼリッタ・スーサイドボム。

 もっとも創造主から寵愛を受け、後世において『大聖女』として語られる彼女が天寿を全うしたのはそれから80年後のこと。

 当然のように天界へと導かれた彼女が、初めて言葉だけでなく創造主と顔を合わせ、どれほど甘い扱いを受けることになったのか。


 それはまさに神のみぞ知ることである。




おしまい



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