第5話


 これは一部の聖職者だけが知っている事実なのだが……この世界を創りたもうた創造主は非常に大雑把で繊細さから縁遠い性格である。

 決して悪神というわけではない。むしろ、優しいし正義感も強い。

 だが……力の扱い方がとても雑であり、そのせいで有史以来たびたび騒動を巻き起こしているのだ。


 例えば……ある国で日照りが起きた。

 その国の神官が創造主に「雨を降らして欲しい」と願ったところ……七日七晩、滝のような豪雨が降りそそぎ、町も人も全てが洗い流されてしまった。


 例えば……ある国で戦争が起こった。

 その国の王族が創造主に「争いを止めて欲しい」と願ったところ……空から巨大な隕石が落ちてきて両国の兵士を吹き飛ばし。何十万という死者が出た。


 例えば……ある国で砂漠が広がった。

 その国の民が創造主に「緑の大地を与えて欲しい」と願ったところ……その国全土が足の踏み場もない密林に変わり、全ての国民が木々の中に飲み込まれた。


 そんなことを何度となく繰り返した結果、世界にはいくつかの不文律が生まれることになる。

 創造主に対話を申し込むことができるのは一部の神官のみ。それ以外の人間の願いは聞かないよう、創造主と契約が結ばれた。

 神官の一族は創造主が迂闊うかつに力を使わないように祈り、宥めすかし、悲劇が繰り返されないように努めたのである。

 どうしても神の力が必要な場合に備えて、国ごとに創造主の力の一部……髪の毛ほどの力を与えられた聖女を生み出してもらい、いざとなればその者に頼ることになったのだ。


 ローゼリッタの家が教会の権限を独占していたのも、創造主が失敗を繰り返さないようにするためである。

 王家などの一部の権力者が教会の権力を得て、創造主に余計なことを願い、国が滅亡するような事態を防ぐことが目的だった。


「こ、ここには貴方の寵愛を受けた聖女もいるのですよ!? 王都が滅んだら、聖女まで死んでしまいます!」


 クラウンが必死に言い募る。

 だが……創造主から返ってきたのは、とぼけたように不思議そうな声音である。


『聖女……? ああ、我がクシャミでこぼした力の一部を継いだ娘のことか。古の契約によって生み出しはしたが、そんな娘のことなどどうでも良いし寵愛などしておらぬ。貴様は自分の抜け落ちた髪の毛1本をいちいち気にするのか?』


「そんな……」


 そんな事情は露知らず、クラウンは創造主と話して顔を蒼白にしている。「髪の毛」呼ばわりされたマリンもまた、顔を引きつらせていた。


(聖女システムができてから創造主のやらかしは随分と減ったけど……それでも、被害がゼロというわけにはいかないのよね。そもそも、マリンは私と間違えて力を与えられたわけだし)


 聖女は創造主の力の一部を与えられた存在で、創造主に代理して地上の問題を片付ける役目を負っている。

 しかし……この国の聖女は本来、マリンではなくローゼリッタがなるはずだったのだ。


(私と同じ日に生まれた別の女性に間違って力を与えてしまうなんて、本当に大雑把ですこと。まあ、神である御方にとっては、人間の区別などつかないのかもしれませんが)


 人間に同種の虫や鳥を個別認識するのが難しいように、創造主には人間の区別などほとんどつかないのだろう。せいぜい男か女か、大人か子供かくらいの認識に違いない。

 最初からローゼリッタが聖女になっていれば問題など起こらなかったのだが……本当に呆れてしまうものである。


「そろそろ罰を与えていただいてもよろしいでしょうか? 我が主、偉大なる創造主様?」


 ローゼリッタはニッコリと……それはもう透明感のある美しい笑顔を浮かべて、無様な王太子と創造主の会話に割って入った。






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