第3話

「マリンを苛めた罪については、改めて裁かせてもらおうか。そうだな……素直に罪を認め、床に頭を擦りつけて謝罪するのであれば死罪だけは許してやろう」


 クラウンが鬼の首を取ったような得意げな顔で言ってくる。

 婚約者であった女性を貶め、マウントを取って喜んでいるのだろう。


「ッ……!」


 ニタニタと相手を不快にさせる笑みを浮かべたクラウンをキッと睨みつけ……ローゼリッタは意を決したように口を開く。


「申し訳ありませんでしたあああああアアアアアアアアアッ!」


「は……?」


「私が全てやりました! 聖女様を苛めました!」


 ローゼリッタがジャンピング土下座を決めて、クラウンに命じられたように額を床に叩きつけた。

 そのあまりにも小気味よい謝罪っぷりに……謝るように迫っていたはずのクラウンの方が呆気にとられる。


「私が聖女であるマリン様を苛めました! 教会に閉じ込めて勉強するように強要して、男性と関われないように隔離し、ことあるごとに鞭で尻を叩き、食事を抜き、冷や水を身体にかけ、ベッドに針を仕込み、アクセサリーを盗み、髪の毛を変な形に切って笑い者にして、毎晩のようにゴキブリをスープに入れて食べさせたりしました! ごめんなさい! 本当に申し訳ございません!」


「え……えええっ!? 本当に苛めてたのか!?」


「わ、私そんなことされてないけど!? ゴキブリなんて食べてないわよっ!?」


 突然、やってもいない罪まで認めだしたローゼリッタ。

 クラウンもマリンも驚愕のあまり余計なことを口走り、周囲の貴族は「ゴキブリを……」とドン引きした目をマリンに向けている。


「お前……ローゼリッタ! 貴様に恥というものはないのか!? 貴族令嬢がそんな簡単に土下座をして、恥ずかしいと思わないのか!?」


 土下座を要求したのは自分であることも忘れて、クラウンが意味不明な抗議をする。

 ローゼリッタが謝罪を拒むようなら騎士に押さえつけさせ、無理やり頭を下げさせようとしていた。にもかかわらず、簡単に土下座をしてきた元・婚約者を見て、もはや自分が何を言っているのかわからないほどテンパっていた。


「プライドを捨てるほど助かりたいのか!? 恥を知れ!」


「全てすべて、私が悪いんです! 私が罰を与えられるべき人間なのです!」


「ろ、ローゼリッタ……?」


 一心不乱に謝罪を繰り返すローゼリッタに、クラウンは違和感を覚えて眉をひそめる。


 ローゼリッタはクラウンとマリンに謝罪しているように見えるのだが……彼女が頭を下げているのは見当違いの方向。まるで虚空にいる何者かに向かって謝罪をしているように見えたのだ。


「ローゼリッタ、貴様いったい何を……」


「どうか私に罰を与えてくださいませ! 創造主に遣わされた聖女を貶めた罪人に裁きを!」


『いいだろう。懺悔の言葉、確かに受け取った!』


「なっ……!?」


 突如として、何もない空間から声が響いてくる。

 どこから発されているのかわからない低く厳かな声は、パーティー会場にいる全員の耳にするりと沁み込んでくる。

 同時に、姿は見えないが強烈な気配が出現した。まるで太陽が眼前に落ちてきたような圧倒的な威圧感に、その場にいた全員の背筋にブワリと汗が流れる。


『聖女を管理し、守る立場にありながら彼女を虐げた罪人よ。ローゼリッタ、お前には期待していたのだが……こんなことになってしまって残念だ』


「……期待に沿えられず申し訳ございません。創造主様」


「そ、創造主だって!?」


 ローゼリッタの言葉に、クラウンは正体不明の声の主を悟った。

 創造主。文字通りに世界を創り出した神。聖女をこの世に遣わした絶対者。


 王太子よりも、国王よりもはるかに高い地位にいる存在が、ローゼリッタの言葉に応えて語りかけてきたのである。






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