第2話


「もう一度言ってやる……貴様との婚約を今日限りで破棄する! そして……私は新たに聖女であるマリンと婚約を結ぶ! これは次期・国王としての決定事項である!」


「きゃあ、嬉しい! 私、クラウン様のお嫁さんになれるんですねー!」


「…………」


 黄色い声を上げてクラウンに抱き着くマリン。クラウンもまたデレデレと鼻の下を伸ばしており、まんざらでもない顔になっていた。

 2人の姿を冷めた瞳で見つめ……ローゼリッタは深々と溜息を吐く。


(まさか婚約者である殿下が、面倒を見ていたはずの聖女と浮気をしていただなんて……2匹の飼い犬が両手を同時に噛んできたような気分ね。犬なら可愛いから許すのだけど、この状況はどうすればいいのかしら?)


 軽く見回すが……先ほどまで歓談していた貴族らは、あからさまにローゼリッタと距離を取っている。どうやら、王太子の怒りを買った女とは関わりたくないと見捨てられてしまったらしい。

 会場に自分を守ってくれる父親――枢機卿の姿はなかった。察するに、クラウンが裏で手を回して夜会に参加できないようにしているのだろう。


(となると……頼みの綱は、あの方達しかいらっしゃいませんね)


 ローゼリッタはイチャついているバカップルから目を背け、会場の奥に視線を向けた。


 パーティー会場の奥に設置された豪奢な椅子。そこに並んで座っているのは、この国の最高権力者。

 クラウンの実の両親――国王と王妃である。


 どうか息子の不始末の尻拭いをしてくれ……そんな願いを込めて視線を送ると、国王夫妻がゆっくりと立ち上がった。


「……話は聞かせてもらった。我が息子、王太子クラウンよ」


「父上……!」


 クラウンが国王の方を振り返り、頭を下げた。

 パーティーの参加者らが臣下の礼を取って国王の言葉を待つ。もちろん、ローゼリッタもスカートの端をつまんでお辞儀をしている。


「楽にしても良い……それで、我が息子の宣言した婚約破棄、並びに聖女との婚約について沙汰さたを降す。王太子クラウンの宣言を認めて、ローゼリッタ・スーサイドボムとの婚約を破棄。聖女マリン・ロータスとの婚約を認めるものとする!」


「…………は?」


 国王の言葉に、ローゼリッタは驚いて顔を上げた。

 聞き間違いではないか。国王は……クラウンの父親は、今なんて言ったのだろう?


「ローゼリッタよ……お前の聖女に対する迫害行為、および枢機卿の越権行為には後日、相応の罰を与える。教会の自治権を剥奪して今後は王家の管理下に置くものとする」


「ッ……!」


 淡々と語る国王の言葉に、ローゼリッタは瞳を見開いた。

 国王の表情は固い為政者の顔。隣に立っている王妃はわずかに罪悪感を滲ませた表情をしている。

 そんな2人の顔を見て……ローゼリッタは国王夫妻の意図を悟った。


(そういうこと……! 我が家から教会に関する権限を取り上げ、神の権威を奪うつもりなのね……!)


 ローゼリッタの生家――スーサイドボム一族は代々、枢機卿を務めている。

 この国において創造主に仕える教会は自治的な権限を有しており、王家であっても手を出せる存在ではなかった。


(おそらく、国王は息子と聖女が恋仲になったことを利用して、教会を王家の下に置くつもりなのでしょう……! 嵌められた、罠にかけられた……!)


 ローゼリッタは唇を悔しさのあまり唇を噛む。

 婚約破棄されたことは構わない。聖女を奪われたことはどうでもいい。

 だが……このままでは、教会の権威を王家が奪い取り、神の名のもとに好き勝手振る舞うようになってしまう。

 それだけは許せることではない。権力者に『神』が利用される事態を避けるために、ローゼリッタの家は枢機卿としての地位を守り続けていたのだから。


(このままでは全てを奪われてしまう。それならば、いっそのこと……!)


 ローゼリッタは覚悟を決めた。

 自分自身すらも犠牲にして、目の前の愚者共に天誅を降すことを。






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