悪役令嬢自爆テロ 婚約破棄されたので国ごと道連れにします

レオナールD

第1話


「ローゼリッタ・スーサイドボム! お前との婚約を破棄させてもらう!」


 王家主催の夜会の真っ最中。

 歓談する貴族らの会話を遮って、そんな宣言が放たれた。


 高々と言い放ったのはこの国の王太子であるクラウン・マスタード。

 クラウンは傍らにいる小柄な女性の身体を片腕に抱いて、目の前にいる令嬢にビシリと指を突きつけた。


「は……?」


 予想外の言葉を受けて言葉を失ったのは、艶やかな赤髪を伸ばしたスタイルの良い女性。

 嫌味にならない程度に装飾の施された紫のドレスを着て、スリットから長い脚を伸ばした美貌の女性――ローゼリッタ・スーサイドボムである。


 ローゼリッタは婚約者であるクラウンからの唐突な婚約破棄宣言を受けて、瞳をパチクリとさせながら口を開く。


「クラウン殿下……突然、どうされたというのですか?」


「黙れ! 貴様がここにいるマリンを虐げているのは知っている! 神から選ばれた聖女であるマリンを苛めた罪は重い! いかに枢機卿の娘であるからといって、許されることだと思うなよ!?」


「ローゼリッタ様……どうか大人しく罪を認めてください。ちゃんと謝っていただけるのなら、私はそれで構いませんから……」


 クラウンの腕に縋りつき、怯えたように声を震わせているのはマリン・ロータス。

 男爵令嬢でありながら1年前に聖女として選定され、世界を生み出した創造主から加護を授かった特別な少女である。

 聖女として教会に保護されているはずのマリンが何故か夜会に参加しており、ローゼリッタの婚約者であるクラウンと親密に身体を寄せ合っている……何から何まで予想外の光景だった。


「マリン様……どうして貴女が夜会に参加しておられるのですか? 貴女は聖女としての教育が終わるまで教会に預けられていたはずですけど?」


「くっ……そうやってマリンを外部から切り離された教会に監禁して、虐げ続けていたのだな! 教会の責任者である枢機卿、ならびにその娘である貴様の悪行は明らかだ。この場を借りて、腐敗した教会の悪事を裁いてくれる!」


 我こそは正義とばかりに堂々と言い放つクラウン。

 マリンが「きゃあっ!」と華やいだ声を上げてその腕にギュウッとしがみついた。


「酷いんですよう。ローゼリッタさんってば私に朝は早く起きろとか、勉強をちゃんとしろとか、男の人に抱き着いちゃダメとか叱ってくるんです。私は聖女なのにー、私に仕えなくちゃいけない神官のローゼリッタさんが偉ぶって命令してくるんですー」


「……それは命令ではなくてしつけ。たんに常識を説いただけの気がしますけど」


「黙れ黙れ! マリンは神に選ばれた聖女。この世で何よりも尊ばれる存在だ! 枢機卿の娘とはいえ、1人の神官でしかない貴様に命令する権限などない!」


 ローゼリッタの反論に、噛みつくようにクラウンが怒鳴りつけてくる。


 クラウンが言ったように、ローゼリッタは教会に勤める神官だった。

 そして、父親が枢機卿という教会の責任者ということもあって、ローゼリッタは新しく選定された聖女の教育係を任されていた。

 だが……マリンはこれまでの会話からわかる通りに奔放な性格をしており、教育は遅々として進んでいない。


(おまけにとんでもないレベルの男好き。放っておくと男性の神官を誘惑したり、街に男を引っかけに行ってしまうから教会の奥から出さないようにしていたのだけど……いったい、いつクラウン殿下と知り合ったのかしら?)


「もう一度言ってやる……貴様との婚約を今日限りで破棄する! そして……私は新たに聖女であるマリンと婚約を結ぶ! これは次期・国王としての決定事項である!」


 クラウンは得意げに断言して、ニヤリと嘲るような笑みを浮かべたのだった。






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