新聞社への手紙


親愛なるベルウッド新聞社様


 初めてお手紙を送らせていただきます。

 王国東部に領地を持っておりますアドラー伯爵家が娘、アイリーン・アドラーと申します。


 御社が出版しております新聞記事をいつも楽しく読んでおります。

 権力による迫害を恐れることなく、果敢に真実を追い求める姿勢にはいつもながら感服しております。


 本日、私が手紙を送らせていただいたのは、この愚かな娘の半生について記事にしてもらいたく思ったからです。


 同封していた診断書からもわかるとおり、私は不治の病に侵されて余命半年の命でございます。

 それというのも、謀略によって黒滅病の予防薬を飲むことができず、生まれた家を乗っ取られようとしているからです。


 私はアドラー伯爵家の嫡女として生を受け、次期当主となるべく教育を受けてきました。

 その道は決して楽なものではありませんでしたが、領地と領民のためを思い、必死になって耐えてきました。

 そんな私の生涯に影が差したのは10年前。伯爵家の正統な後継者である母が命を落とし、入り婿だった父が愛人と義妹を連れて来てからです。


 その日から私の生活は一変しました。

 ドレスやアクセサリーなどはほとんど奪われ、継母からはまるで使用人のように扱われるようになりました。

 お茶会や社交場などに出て友人を作ることを禁じられ、屋敷に閉じ込められるようになってしまったのです。


 昔から伯爵家に仕えている使用人は私を助けようとしてくれましたが、彼らは次々と暇を出され、父と継母の言うことを聞く新しい使用人が入れ替わりに入ってきました。


 私は伯爵家の後継者でありながら物置部屋に押し込められ、食事もカビの生えたパンや腐ったスープを与えられるようになったのです。


 それでも、いずれ婚約者と結婚すればこんな現状も変わるだろうと信じていました。

 しかし、私はすぐに絶望することになりました。婚約者であったサムエル・バードンは義妹との間で関係を持っていたのです。

 婚約者を義妹に替えてほしいと父と話しているのを目撃いたしました。


 これは推測になりますが……すべては父の計算だったのでしょう。

 母が肺を患って命を落としたことも、私が罹るはずのない不治の病にかかってしまったことも。愛人との子である義妹を新しい当主に仕立て上げ、伯爵家を乗っ取るための陰謀だったに違いありません。


 本来であれば家を取り戻すために戦わねばなりませんが……私には命も時間も残ってはおりません。


 私は悪魔の住処となった屋敷から逃げ出し、残りの生涯を穏やかに過ごせる場所に向かうつもりです。

 最期の時は、いつか訪れた海が見える街で過ごしたいと思います。


 どうか、哀れな娘の生涯を一人でも多くの人に知ってもらえるようにお力添えくださいませ。

 ただ一人で死を迎える私の最期に、少しでも祈りの花が添えられるように。


 御社の正義が貫かれることを信じて。


アイリーン・アドラー

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