貴族令嬢への手紙
親愛なるカラット・マーズ様
突然の手紙、驚きのことかと思います。
アドラー伯爵家が長女、アイリーン・アドラーと申します。
今日、貴女様に手紙を送らせて頂いたのは死ぬ前に最後の挨拶がしたかったからです。
私は遠からず、陰謀により患ってしまった病によって、この世を去ることでしょう。
友人である貴女様にはどうか私のことを覚えておいてもらいたいと思い、勝手なことながら筆をとらせていただきました。
カラット様は『友人』という呼び方にさぞや驚かれていることでしょう。
それもそのはず。私とカラット様は10年前、母が命を奪われる前に一緒に参加したお茶会で会ったきり。手紙のやりとりなどもしておらず、『友人』などと呼べる関係ではないでしょうから。
それでも、どうか理解いただきたいのです。私にとって、たった一度きりのお茶会がいかに楽しく、大切な思い出として残っているのかを。
貴女との思い出が、いかに継母と義妹に虐げられていた私の心を支えていたのか、知っておいて欲しいのです。
御存じかもしれませんが、アドラー伯爵家では母の死後、父が後妻を迎え入れてその娘であるミーナが養女となりました。
以来、私はお茶会や社交界に参加することなく、私に招待状が送られてきた場合にもミーナが名代として参加しております。
社交界では、私が人嫌いであるとか出不精であるとか噂が流れていることでしょうが……事実は異なります。
私は招待状を義妹であるミーナに奪われ、屋敷の中に押し込められていたのです。
おかげでカラット様をはじめとした御友人と再会することが出来ず、監禁されるようにして毎日を過ごしていました。
叶うならば、貴女とまた会って一緒にお茶とお菓子を楽しみたかったものですが……その願いが叶わないことが残念でなりません。
私はこれから家を逃げ出して母との思い出の地に旅立つつもりです。
そして、そこで残りわずかとなった生を謳歌したいと思っております。
この国にも貴族社会にも良い記憶はありませんが……カラット様と過ごしたわずかばかりの時間は、数少ない大切な思い出でございます。
どうかお身体に気をつけ息災でありますように。
追伸
それから、これから語るのはただの愚痴。みじめな女の泣き言と思っていただいて構いません。
どうやら、私の婚約者であるサムエル・バードンは義妹のミーナと不貞を働いていたようです。どこまで関係が進んでいるのかはわかりませんが……何度も逢い引きをしている光景を目撃しております。
最近になって妹のお腹が大きくなっているような気がしますし、ひょっとしたら語るのも汚らわしいような関係に至っているのかもしれません。
ミーナは他の殿方、特に婚約者がいる方にばかり接触しているようですし……もしもカラット様にもご迷惑をおかけするようなことがありましたら、容赦なく叱ってあげて下さいませ。
良き友人の幸福を祈って。
アイリーン・アドラー
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