3.タイミング
「では、これでよろしくお願いします」
タブレットとパソコンをかばんにしまい、会議室を出た。
僕は
外に出向く仕事では、帰りに仕事先の近くのバーや居酒屋を探しては、大概ハイボールを頼む。
未だ、名も知らない彼女…
黒いモヤモヤが覆う。
だが…
自宅に戻ると、仕事の依頼メールが一件届いていた。
ウェイブリット社。
広告代理店で、社風も良く、結果も出していると最近有名になり出しているベンチャー企業だ。
Web作製の依頼だった。
最近、やっと仕事も型にハマって慣れてきた所だ。これまでは、仕事だけに奔走してきたが、今は無理のない程度に調整している。だが、この依頼は引き受けようと思った。将来的に見込みのありそうな若い企業ということもあるが、今回は違う。
そこに彼女がいるのだ…
"依頼の件、引き受けます"
迷わず返信するとスマホをベッドに投げやった。ベッドにドサッと仰向けになると、天井に向かって手を伸ばす。
「みっちゃん…待ってて…僕が君を奪うから…」
僕はその手をきつくきつく握り締めた。
───────────────────────
ガチャッ
「あっ、お帰り」
自宅に戻ると、弘樹は既に帰って来ていた。
久しぶりに家でちゃんと顔を合わせる。
「弘樹」
「弘樹、春香ちゃんと昨日、営業だった?」
「そうだったけど、どうかした?」
「そうだよね~。ううん、何でもない」
やはり、昨日見かけたことは言えなかった。
やっぱり見間違え?でも、どこか腑に落ちない。
「久しぶりに休みどっか行く?」
「そうだね…いいね!ここ1年、どこにも行ってないよね」
そう言って、私はスマホでお出かけスポットを検索をする。
すると、急に後ろから抱きすくめられた。
顔を首の付け根に埋められ、毛先がくすぐったい。
「美琴…今日一緒なの久しぶりだし…しよっか」
いつもは落ち着いている弘樹が今日は何だか焦っている気がした。
「どうしたの?弘樹から珍しい…」
顎に手を添えられ、顔が近づく。
「そうか?…なんかそういう気分ていうか…」
そして唇が重なる…
「美琴…」
「…んん…ふぁ…ん」
だんだん息が荒くなる。ソファに押し倒され、ワイシャツのボタンを一つ一つ外される。
淡いピンクのキャミソールとブラが露わになる。
角ばった手が膨らみに優しく触れる。
ホックを外そうとした時、
プルルルルプルルルルプルルルル
「あっごめん、仕事かも」
「うん、出て」
弘樹は気まずい顔で、私の上からどいた。
スマホを耳に当てる。
「はい、松枝です、はい……はい…了解です。明日向かいます。それで……」
私は乱れたシャツを着直した。胸元を隠すように前開きのシャツの両側を手で留める。
弘樹の方を向くとちょうど電話が終わったみたいだ。弘樹は神妙な顔つきだった。
「ごめん、美琴!明日、急に仕事入った。出かけるのはまた今度な」
「そっか…じゃあ、仕方ないね、また今度ね」
仕方ない、また今度…か
最近、何度も何度も使う言葉だ。
仕事が忙しいのはお互い様だ。
弘樹のせいではない。
でも、また、弘樹とゆっくり話せる時間がなくなった。
このままでいいのだろうか…
この1年で弘樹の心がだんだん私から離れている気がする。そう思うのは私だけ?
「明日早いから、もう寝るな」
「うん」
弘樹は私のおでこにそっとキスを落としてくれた。
「続きはまた今度」
そう言って寝室へ向かって行った。
私はシャツを握り締めたまま、心のどこかに空いている小さな穴を見て見ぬふりするしかなかった……
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