第114話 闖入者

人から向けられる好意というものは、嬉しくはあるが慣れるということはないものだ。

本命の彼女たちであれば問題なく受け止めることが出来る。

自分が【邪神様】としてファンから受ける好意も受け止めることが出来る。


だけど、それが一対一で知らない人から向けられると途端に戸惑う。

それが立場のある人間からこちらがどう接していいのかわからないときになると余計に困る。


「どうぞ、こちらへ」


案内されるままに席につけば、何とも形容しがたい【邪神様】仕様の椅子が用意されている。その正面にはテーブルと夜景。


明らかに対面に人が座る形式ではない。


「となりに座らないのか?」


何故か王女が後ろに控えて膝をついているのは、おかしいだろ。


「よろしいのですか?」

「君と話しに来たのだ。一人で座って食事をしても楽しくはないだろ?」

「はっ、必ず【邪神様】を楽しませましょう」


隣にしか座る場所がないのだからこれは計算されていたのだろうか?とりあえず彼女について知りたいと思って彼女の話を聞くことにした。


どんな質問をしても喜んで応えてくれる彼女はまるで忠犬のようにすら感じる。


食事もそこそこに過ぎていくと、ブリニア王女が表情を引き締め、二人の中で流れていた和やかな空気が固くなる。


「【邪神様】いえ、黒瀬夜さん」


【邪神様】としてではなく、黒瀬夜の名が呼ばれることに戸惑う。


「なんだ?」


彼女は決意した瞳で俺を見る。


「好きです。お慕い申しております。

国がある手前、嫁ぐことは叶いません。

ですが、一夜の思い出を……どうか」


強く、美しく、凛々しさを強調した彼女としては、ギャップがある心から願うような……縋るような姿にドキッとしてしまう。


レイカには落としてこいと言われたが、純粋に【邪神様】そして俺に対して好意を抱いてくれていることが喜ばしい。


このまま手を出してもいいのか?たぶん、レイカはそれも計算して俺を送り出したのだと思う。


今の衝動に身を任せてしまってもいいだろう……俺は彼女の顎へと手を伸ばして顔を上げさせる。


「あっ」


切ない顔をするブリニア王女。


「どうか名を……スピカとお呼びください」


「スピカ。良いのだな?」


「はい」


顔を近づけてあと数センチというところで窓が光に照らされる。


「なっ!」


眩しくて目を開けていられないほど当てられた光の先でヘリコプターの音がして窓が銃声によってひび割れる。

光が退いた音がした後にガラスが割れる音が部屋に響く。


「ふぅ~どうもお邪魔します」


高層階の窓が破られて、外へと風が抜ける強烈な風が部屋の中を吹き荒れる。


俺はスピカに守られるように窓から離され扉近くへと移動していた。


「貴様!!!」


スピカが睨む先。

そこには真っ赤なライダースーツに身を包んだグラマラス金髪美女が立っていた。


「ふふ、やっとみつけた」


金髪美女の視線が俺を捕らえる。


「私のチャンスを邪魔するとはどういう了見だ!!!」

「あら、あなた……確か、ブリニアの王女様だったかしら?」


突如、窓を破って現れた美女と対峙するスピカ。状況についていけない俺。

そして、悪びれた様子もない美女はニッコリと美しい笑みを向ける。


「ハロー【邪神様】。私はマリア・クイーン。あなたのワイフになる者よ」


グラマラス金髪美女からいきなり妻になると言われて、呆然としてしまう。

確かに美女ではあるが、落ち着いて彼女の顔を見れば若い。

17歳になったばかりのヨルよりも明らかに若い。


「私を無視するな!」


スピカがクイーンに近づいていく。


「ブリニア王女。いくらあなたが王族でも私の方が世界では上よ。わかっているでしょ?」

「たとえ貴様の国と戦争になろうと引けぬぞ」


二人の美女が俺を取り合って戦争?それはヤバい!!!


「二人とも落ち着いてくれ!君は?誰なんだ?」


突然、現れた闖入者がスピカの態度から権力者であることは分かるが、男を取り合うだけで戦争が起きるなんて馬鹿げている。


「私?私はマリアよ」


ファーストネームを呼ぶことを当たり前のように伝えてくる。


「マリア。君は何者だ?スピカと喧嘩するのをやめてくれ。スピカもケンカはダメだ


俺の言葉にスピカは肩を落とす。

しかし、マリアの方はむしろ胸を張る。


「ふ~ん。【邪神様】は優しいのね。いいわ今日は引いたあげる。あなたを見つけることができたのだから私は嬉しいわ。あっこれ、私のIDよ。ねぇ【邪神様】。今度会うときは本当の名前を教えてね」


首に抱き着いたマリアはふっくらとした唇を押し当てるキスをする。


「I LOVE YOU」


唇を離したマリアは扉から去っていく。


呆然とそれを見つけることしかできなくて、スピカはマリアに対して怒鳴り散らしていた。

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