side情夫 ー 4
【小金井綺羅】
保健室から逃げ出した僕は午後の授業も受けないまま鞄をもって学校を飛び出した。
家に帰っても大丈夫なのか?僕はわけがわからないまま街を走った。
どこに向かって走っていたのかわからない。
街なんてどこにも行ったことがない。
ただ、ガムシャラに訳も分からないまま走り続けて見たこともない場所に出る。
「あれ?ここは?」
いつの間にか日が沈んで煌びやかな繁華街に辿り着いていた。
「うん?なんだ坊主、こんなところで何してるんだ?」
シャツの胸元を開いてだらしなく服を着こなしたオジサンに声をかけられる。
「えっ?道に」
「うん?道に迷ったのか?ハァ~こんなところに迷い込んでくるんじゃねぇよ。ここは子供が来るところじゃねぇぞ」
オジサンは溜息を吐いて頭を掻く。
どこか父を思い出させるオジサンは「どうしたもんかねぇ~」と呟いて困った顔をする。
「もう夜の街が始まっちまったからな。俺はここから離れらんねぇし。もうすぐ客も来る」
オジサンを困らせてはいけない気がして立ち去ろうとする。
「だっ大丈夫です。一人で帰れます」
「おっおい。なぁ腹減ってないか?」
僕が立ち去ろうとすると、オジサンがそう言って声をかけてくれる。
「いっ【グ~】」
気持ちとは逆にお腹が鳴ってしまう。
「ふはははは、ガキが遠慮すんな。ついてこい」
オジサンが立っていた場所から近くの路地へと入ると小さな部屋があり、台所と寝るだけの部屋がある。
「良いもんは出してやれんが。これでも食え」
そう言って出された物をボクは初めて見た。
「うん?カップラーメンは食べたこと無いのか?美味いぞ」
そういって蓋を開け。お湯を注いでいく。
「三分待てよ。俺たちがガキの頃はこんなことはなかったんだけどな。俺は今年60歳になるんだ。俺が二十歳のときは、男も仕事して普通に社会に溶け込んでいた。
それが40歳になる頃には男性減少が言われ出してな……」
オジサンはコップに水を注ぎ。
割り箸を渡してくれる。
「だんだん男は仕事をするなって職場をやめさせられてよ。
子作りしろって言われるようになってな。
そんで……歳を取ったら女からも相手にされなくなって仕事もねぇ。
おっもう食えるぞ」
オジサンはカップラーメンの蓋を外して麺をすする。
「くくく、これがウメェのよ」
ボクはオジサンの真似をして蓋を開けて割り箸を使って麺をすする。
「美味しい」
お父さんはいつも忙しくてパンとか、ご飯だけの日も多かった。
オバサンと暮らすようになって色々な物を食べたけど、どれも変な味がしてあまり美味しいと思ったことはなかった。
だけど、オジサンが出してくれたカップラーメンは温かくて……人生の中で一番美味しいと思った。
「ウメェだろ。ふははは」
どこかお父さんと同じ雰囲気を持つオジサンが笑うとボクも嬉しくなった。
「ありがとうございます」
いつの間にか、ボクの瞳から涙があふれ出していた。
どうして泣いているのか……ボクにもわからない。
「坊主……お前にも色々あるんだろ。男が生きにくい世の中になっちまったからな。食え食え。飯を食えば元気になる」
オジサンに心配をかけてしまったと思って急いで涙をふきながら、ボクはカップラーメンを食べた。
「おっオジサンはどうして?男性用住宅に住んでいないんですか?」
「男性用住宅?ふん、あんな人を人とも思ってないところに住めるか!」
ボクの発言にオジサンが怒ったように顔をしかめる。
「どっどうして?ご飯も食べさせてくれて、安心して眠れるよ」
「バカかお前は?あそこは男郎宿よりも悪い」
「えっ?」
「お前がもしも、老人で死ぬだけならあそこでもいいが、そうじゃねぇなら絶対に近づくな」
オジサンの言葉にボクは訳がわからない。
オバサンは確かに良い人には見えないけど。
ご飯はたくさん食べさせてくれる。
お風呂も入れて、学校にもいけて、寝ることも出来る。
何がダメなの?
「オジサン……何がダメなの?」
「うん?坊主は知らないのか?まぁ男なら知っていても損はねぇ。いや、むしろ絶対に近づいちゃならねぇってことを知らねぇとな」
それからオジサンが話してくれた話にボクは驚いてしまう。
「それは本当?」
「うん?ああ。本当だぞ。社会に出れば嫌でも耳にするからな。まぁこの辺に住んでりゃ。そういう話には事欠かねぇよ」
ボクは今まで自分に起きた出来事。
そして、自分の体に残る不快感。
それらの原因を理解した。
家がどんな場所で……僕が何をされていたのか……
「オジサン。ありがとう……ボクはこれからのことを考えてみるよ」
今まで漠然と嫌だと思っていた出来事。
その真実がわかったような気がした。
「顔つきが随分とよくなったじゃねぇか。やっぱり飯を食えば元気になるだろ?」
「うん。ありがとう。オジサンに会えてよかった。また来てもいい?」
「へっ。こんなところに来るんじゃねぇよ。来るなら立派になってから来い」
「立派に?」
「おう。俺も最近知ったんだが【邪神様】って知ってるか?」
「えっ?」
「男にとっては救世主みたいな人だ。あんな人みたいになれよ」
「うっうん。調べて見るよ」
オジサンから言われた【邪神様】をスマホで調べると、男性アーティストとして神聖視されている人物だった。
女子を従える姿が、オジサンにとっては憧れの存在に見えたのかな?
「ボク、行くよ」
「大丈夫?」
「うん。自分で出来ることをしてみるよ」
真実を知る必要がある。
そのためにオバサンと話をしよう。
「良い面構えになったじゃねぇか。どこか生きる気力の無い奴に見えたが……もう大丈夫だな」
「うん。カップラーメンありがとうございます。今度はボクが立派になってオジサンに美味しいものをご馳走します」
「ふははは。おう。期待しないで待ってるよ」
ボクはオジサンに別れを告げて家への道を歩き出した。
冷静になれば、スマホがナビを出してくれる。
そして、スマホの着信記録にはオバサンから数件の着信記録が残されていた。
「もしもし」
「キラ君!どこ行っていたの?帰ってこないし。連絡がつかないから心配していたのよ!」
「ごめんなさい。今から帰ります」
「もう心配かけて……そうだ。キラ君。キラ君に会うために学校の先生が来ているのよ。今から晩御飯をご馳走するから、早く帰ってきなさい」
そう言ってオバサンがスマホを切ってしまう。
先生が来てる?
ボクはボクの家に来てくれる先生を一人だけ思い浮かべる。
「カオル先生!!!」
ボクは背筋に冷たい汗が流れて走り出した。
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