Side後輩ちゃん ー 2

《黄島愛莉》


 秋になり、兄様は落ち込む日が増えていきました。



 青葉高校体育祭……そこで見た光景はハッキリと覚えています。



 兄様が他の誰かに運動で負ける。

 わたくしにも考えられないことでした。


 勉強は、女子でも確かに兄様よりも上に立つことが出来るとわたくしは思っていました。


 ですが運動は、さすがは男性だと兄様を誇らしく思っておりました。

 運動神経が良くて力も強い。

 それは女性に対してだけでなく、他の醜く惰性に生きる者立ちよりも遙かに兄様が努力されて優れた点だと思っていました。



 それなのに……兄様が負けた。



 その事実が私にとっては衝撃的であり、また兄様を落ち込ませた原因では無いかと考えています。



「兄様」


「やぁ、アイリ……僕は……僕のしていたことは正しかったのかな?」



 兄様が何に悩んでいるのか、浅はかなわたくしではご理解してあげられません。


 だけど、兄様が求めるのであればいくらでもお力になりたい。


 そう思いながら年越しを迎えて春になる頃。


 元気を取り戻されない兄様にわたくしは、兄様を元気づける方法を思いつきました。



「そうですわ。兄様の大好きなアイドルのライブに行くのはどうでしょうか?」


「ライブに?」


「はい。最近の兄様は元気を無くされているように感じます。何事も元気がなければ物事は上手くいきませんわ」



 わたくしは元気づけるつもりで、兄様へ提案した。



「そうだね。うん。原点に返るのはいいことだよね」


「そうですわ!」


「うん。行こうか」



 最近はわたくしも多少は音楽に興味を持つようになりました。


 兄様以外の男性は興味すらありませんが、芸術の素晴らしさは尊いと自負しております。

 最近、男性アイドルを中心に音楽家として活動されている【YO!HEY!!】様が楽曲提供なさっているアイドルがライブに出ると言うのでチケットをゲットしていたのです。



「はい!」



 兄様とライブに行ける喜びと、大好きな音楽が聴ける喜びで、わたくしは浮かれていました。


 ライブは何組かのアイドルグループが参加する合同ライブでした。

 前回参加したライブにも出演していたアイドルが数名いました。


 兄様が一押しされている二人組のアイドルは大トリを飾るほどの人気を誇ります。

 私が聞きたいと思っていたアイドルは大トリの手前でした。


 わたくしは気分も最高に盛り上がり、【YO!HEY!!】が手がけたアーティストがもう一名参加することになったと聞いて、わたくしのボルテージはマックスに上り詰めました。


 大トリだと思っていた。

 二人組コンビの後に一曲だけ登場する新人。

 大型新人と行っても破格の待遇であることは皆様分かっているようです。



 会場が暗転してわたくしも息を呑みます。



「あれは……」



 兄様も大トリの後があることに驚いているようです。



 中央のステージに光が降り注ぎ、一人のアイドル?が降臨されました。



 わたくしは登場した【邪神様】に心を打ち抜かれました。



 腰まで伸びた黒髪。

 露出される腹筋は六つに割れており。

 腕は筋肉質で太い。



 それは惰性で太っている殿方とは一線画し、兄様のように小柄で細身な可愛い系男子とも別物の魅力を放つ。



 女性が好む男性像の集大成……それが【邪神様】でした。



 そして、発せられる低く太い声は女性を虜にする歌声となり。

 天才YO!HEY!!様の楽曲が作りし曲は最高でした。


 神と人が力を合わせ地上に舞い降りて来てくださったのです。



「キャー!!!【邪神様】!!!!」



 わたくしは、はしたなくもは知らず内に夢中で叫んでおりました。


 兄様がアイドルを好きになるのも、理解できます。


 素晴らしい楽曲。

 完成された美。


 それらが合わさったときの破壊力は圧倒的だと今更理解しました。



「兄様!アイドルとはいいものですね」



 わたくしは興奮のあまり兄様の服を掴んで揺さぶってしまいました。



「アイリ、アイリ落ち着いて!」


「あっ申し訳ありません。はしたないことを致しました」


「ふふ、アイリがアイドルを好きになってくれるのは嬉しいよ」


「わたくしも兄様と同じ趣味を持てて嬉しいですわ」


「うん。僕も嬉しいよ……あれじゃなかったら」



 兄様が最後に発したお声は小さく。



 ライブ会場の熱気と音楽によってかき消されてしまう。



【邪神様】降臨が終わり。ライブも終わりを告げる。



「兄様。楽屋に挨拶に向かわれますか?」


「う~ん。今日は止めておくよ。ライブの高揚を残しておきたいから」



 兄様はしばらくVIP席で、ただじっと座って余韻を楽しんで居られました。



 会場の退出が滞りなく行われる中で、わたくしたちは最後まで会場に残ってから退出しました。



 その帰り道。



 ライブ会場を出ると、わたくしどもが車を止めているVIP専用の駐車場で、二人組アイドルと鉢合わせしました。


 数年ぶりに会う彼らは少し老けて、一番輝いていたときよりも落ち着いているように見えました。



「おっ!坊ちゃんじゃん」



 チャラそうな見た目を方が近寄ってきて兄様に声をかけます。



「お久しぶりです。本日もライブを楽しませていただきました」


「あはは、旬が過ぎた俺らは今回が最後のライブだからな。見てくれて嬉しいよ」


「えっ!引退されるんですか?」


「まぁな。俺たちも旬が終わる前に自らの身の振り方を考えないとな」


「そんなまだまだお若いじゃないですか!!!身の振り方って?」



 わたくしは油断していました。


 こんな場所でアイドルの方から、そんな話をするなど考えもしていませんでした。



「おいおい、アイドルは自らを売り込む仕事だろ?」


「自らを売り込む仕事?」



 兄様にとって、アイドルは夢を与える仕事です。

 決して自分を売り込む仕事ではありません。



「ああ、確かに国は最低限の生活は保障してくれるけどさ。

 それって生きているのに死んでるみたいだろ?

 ペットとして生きてるなんて最悪だ」



 吐き捨てるように話をするアイドルは引退を目前に夢を壊してやろうとでも考えているのだろうか?



「親が頑張って働いて養ってくる間はそこそこ贅沢が出来てありがたいんだけどさ。

 親も歳を取るだろ?いつかは俺たちよりも先に死ぬ。

 そのときにヨボヨボのじいさんが助けてくれ~て行ってもさ……生かされてるだけの人生だろ。そんなの惨めじゃん」



 アイドルの言葉に兄様は唖然とした顔をしておられました。

 彼らの裏話を聞いてしまったから。



「だからさ、こうして若くて人気者なら女子は喜んで養ってくれるわけよ。

 やっぱり生きてるなら贅沢したいじゃん。


 生まれながらに金持ちの家ならいいけどさ。

 俺らみたいな平凡な家庭に生まれた男は、次は稼いでる女に養ってもらう選択をして贅沢したいじゃん。

 アイドルはそのための顔を売る手段なわけ」



 そこに夢など存在しない。

 彼らは彼らの欲のため、アイドルという仕事を選んだのだ。



「もういいだろ」



 ロングへアーのアイドルが、チャラいアイドルを止めてくれる。



「いや~すまんすまん。アイドルを応援してますって金持ちの坊ちゃんに言われるとさ。ちょっとイラっとしちまうじゃん。ごめんね。許してね」



 彼は悪意を持って兄様に話をした。


 去って行くアイドルたちをにらみつけた。


 彼らが去った後で、わたくしは夢を壊されたのではないかと兄様の顔をのぞき見る。



「はは……僕って何も見えていなかったんだね……彼らはアイドルがやりたくてやっていて、心から夢を叶えて輝いているんだと思ってた」



 兄様はその日からさらに元気を失ってしまった。




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