sideライバル ー 3

《黄島豊》



 夏休みを終えて、僕は黒瀬夜の活動内容を全て把握した。


 彼らが夏の合宿でレベルアップしたことも、緑埜が新曲をたくさん作ったことも、白金がPVを上げる頻度が増したことも全てチェックした。



 最近ではアイドルのようにグッズ販売まで初めて、グッズも全て手に入れた。



 ここまで完璧にリサーチした。



「……兄様。最近、お部屋に張られているポスターやグッズが特定の殿方なのは……もしかして……兄様は男性の方が好きなのでしょうか?」



 妹のアイリの質問に僕は思案してから答えた。



「好きとかではないんだ。彼は僕と同じ学校の同級生なんだけど。僕の夢であるアイドルを学校の部活としてやっているんだ。僕は彼に本当のアイドルを教える必要があると考えているだけなんだ」



「そうなのですね」



 アイリに誤解させてしまったけど。


 今の僕はやりたいことを充実させているだけだ。



 そうして過ごす日々が続いたある日。


 体育祭に男子の競技で僕は黒瀬夜の姿を見つけた。




「やぁ、君が噂の黒瀬君だね」




 僕が話しかけると一瞬沈黙する。



「ああ、俺が黒瀬だ」


「僕は黄島豊キジマユタカって言うんだ。1-B組なんだよ。よろしくね」



 握手を交わすと僕よりも遙かに大きな手に包み込まれる。



「僕ね。運動が結構得意なんだ」



「……そうか」



 興味がないのかチラリと僕を見て視線を逸らしてしまう。



「僕ね。卒業したらアイドルになろうと思ってるんだ。ずっと仕事しないってヒマだろうし……僕って可愛いでしょ?だからさ。運動が出来て可愛くて、賢い僕に女子は従えばいいだよ。黒瀬君の昨日のライブソングは結構僕の好みだったから、今まで興味なかったけど。話してみたいなって思ったんだ」



 僕は彼に伝えたいことがある。

 話したいと思っていたのは嘘じゃない。

 素っ気ない態度をとってみたけど。

 彼の興味を引くことはできなかった。



「体育祭の優勝特典で、学園からメディアへ宣伝するつもりなんだ。だから、黒瀬君、価値を譲ってくれたら嬉しいな」



 僕は彼の本気度を確かめたくて、イジワルをけしかけてみた。



「わかった、本気ではやらないでおく」


「ありがとう」



 だけど、彼は興味が無さそうに僕の申し出を軽く承諾した。


 僕の内心は怒りが湧いてきていた。


 彼が立ち去り、100m走のスタート位置に立った。


 彼よりも先にゴールを決めた僕のタイムは、12秒56で男子の平均を上回っている。かなりの速さだと自負している。



 バン



 黒瀬夜が走る姿は綺麗で無駄がない。


 無駄な力が一切入っておらず、軽く流す程度の走りに見えるがその速度は圧巻だった。



「黒瀬選手一着でゴール!!!スタートこそゆっくりと出遅れたように見えましたが、なんとなんと他の選手を全て抜き去り、10秒台でゴール!!!近年では男性が10秒台で走るなど伝説的な話ですが、我々は伝説を目にしました」



 男子の平均は14秒台。速い者でも12秒で走れば早いとモテはやされる。


 僕のタイムは十分に速かった。



 だけど、黒瀬夜は圧倒的な速度で僕を抜き去っていく。



「黒瀬君?どういうこと?」



 僕は先ほど承諾した言葉が嘘だったことに驚きと、若干の喜びを感じていた。



「あ~すまん。本気は出していないんだが、思ってるよりも速いタイムが出た」



 そのあとの競技でも、槍投げは高校男子の平均を大幅い超える飛距離を叩き出した。


 2020年代でれば、男性が平均を出していた記録程度ではあるのだが、それから80年進んだ世界では脅威の記録となった。



 僕などでは到底太刀打ちできない才能。


 彼は光り輝くために生まれてきた人だ。



「最後だな」



 高校でやる競技としては珍しい棒高跳びは、黒瀬夜の独壇場だった。

 2メートルを超えたところで他の競技者は誰もいなくなった。


 2メートル30でバーが落ちたとき、僕は「あ~!」と声を上げていた。



「だっ男子競技は全てで7種目ありますが、そのうちの三種目を黒瀬選手が高い記録を塗り替える好成績で優勝を果たしました。他の競技も出ていたならどうなっていたのかわかりませんが、三種目を終えた黒瀬選手に盛大な拍手を!!!」



 僕はただの観客と化していた。


 黒瀬夜の二種目目が終わった辺りから、ただ彼を目で追い続けるだけの時間。



 残り四種目は僕が優勝したけれど。



 黒瀬夜がやっていれば全ての競技の一位は彼だっただろう。



 立ち去っていく彼を追いかけていると、青い髪をした女子と黒瀬夜が話している姿を見て怒りが湧いてきた。



「ねぇ、君は誰?」



 その女は女子の癖に無視して立ち去ろうとした。

 だから、肩を掴んで引き留める。



「おい!何無視してんだよ。俺は黄島豊キジマユタカだぞ!

 お前が黒瀬夜とどういう関係かって聞いてんだ!」



 僕の問いかけに対して、女子から光を失った瞳で睨まれる。



「お前には関係ない」



 その女は怖かった。



 初めて感じる恐怖。

 初めて味わう女子からの蔑まれる瞳。

 初めて自分が中心ではない世界。



 僕はわけがわからなくなって、その女の髪を掴んだ。



「はっ!無視してんじゃねぇよ!どうせ、お前も黒瀬夜に群がる烏合の衆なんだろ。何が男子応援団だよ。女子の人気とりばっかりしやがって。俺様が目立たねぇじゃねぇか!お前らみたいな女は俺様みたい男に従ってればいいんだよ」



 僕は僕は僕は……アイドルになるんだ。


 そのために黒瀬夜を超えなければならない!


 あいつを倒して僕が一番目立ってアイドルになるんだ。



「離せよ!」



 だけど……僕の手は痛烈な痛みと共に弾かれた。



「キモイんだよ!お前みたいな奴に興味もない!」



 尻餅をついて、暴力を振われて……僕は先ほどまで自分がしていた行為に唖然としてしまう。

 女子は本当に僕に興味がなくて……立ち去っていく。



 僕がキモイ?キモイって何?そんなことば言われたことはない。



 綺麗

 可愛い

 カッコいい


 ずっと褒める言葉しか言われたことがない。



 それなのにあの女からは蔑まれ、キモイと罵倒され……黒瀬夜からは相手にもされない……僕は僕は……本当に正しいのか?



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