第82話 黒幕

 俺が目を覚ますと、そこにはランの顔があった。


 相変わらず綺麗な顔をしているランは、泣きそうな顔で俺を見下ろしていた。


 後頭部に感じる柔らかな感触はランの太ももの柔らかさなのだろう。

 駅伝をしているのに柔らかくて気持ちいい。




「ヨル?」



 ランに呼び掛けられて意識が覚醒していく。



「ラン?ラン!どうしてここに?」


「バカね。助けに来たからに決まっているじゃない」



 ランの言葉で徐々に自分が誘拐されて、裸の女性に襲われていたことを思い出す。

 柔らかくていい匂いがして、何が何やらわからなくてなって息も出来なくて意識を失ったんだ。



「これを」



 自分の体にシーツがかけられる。



「そうか、助けにきてくれたのかありがとう」



 部屋を見渡せば、裸の女子たちが取り押さえられている。


 テルミ、ツキ、タエもみんな来てくれたんだ。



「黒瀬君、疲れていると思うが今回の件はまだ終わっていない」



 この場にいることが不思議だった。

 レイカの右腕であるキヨエ先輩に声をかけられる。


 俺は頭を働かせて、キヨエ先輩の声に応える。



「黒幕の存在ですね」



 この誘拐事件を考えた犯人。


 レイカの婚約者だと教えてもらい。


 このまま終わらせることはできないと立ち上がる。



「キヨエさん。俺をレイカの下へ連れて行ってください」



 テルミが俺を心配して抱き着いてきた。



「必ず無事に帰ってきてください」



「テルミ、ありがとう。必ず無事に帰ってくるよ」



 俺は彼女たちと抱擁を済ませて、キヨエさんと共に車に乗り込んだ。



 誘拐されて疲れていたのだろう。



 着替えと食事を終えた俺は眠ってしまっていた。



 起きると、外は夜になっていた。



「ついたよ」



 キヨエ先輩に起こされ車から出ると、巨大なお屋敷の門が立っていた。


 左右の壁はどこまで続いているのか見えないほどだ。



「ここは?」


「東堂家の別宅です。年末年始の間、ここでは各県代表者たちが顔合わせをしていたんだ」



 キヨエさんに案内されて、屋敷の中に入っていく中で厳重な警備を通り、レイカの部屋に来たがレイカは不在だった。



「お嬢様は……」



 キヨエさんが聞いてくれた話によると、レイカさんの婚約者がやってきて当主様に会いに行ったという。



「急ぎましょう。もしかしたらお嬢様が危険かもしれません」



 キヨエさんに促されて奥へと進んでいく。


 長い長い廊下を進んでいくと、言い争う声が聞こえてくる。



「お前が最初から私に従っていればこんなことにはならんかったんや!


 はは、あはははははっははっはははあはははははははははっはは!!!!


 お前の男も今頃ボロボロにされとるやろな。

 脅した女どもにメチャクチャにしろって命令したからな。ええ気味や」



「穢れない」




 扉の前に立つと、レイカが、俺を信じていると言葉にしてくれていた。




「はぁあ?」



「どれだけの女に抱かれようと、どれだけの辱めを受けようと、ヨルは屈しない。

 むしろ、色気が増していくだけでしょうね」



「なっなんなんやその態度は!最後は殺せっていうたんや。お前の男は死ぬんやぞ」



「それはない」



 三人目の人物の声は、迫力というか圧を感じる。



「どっどういうことや?」



「ここまでお膳立てされとって、そんなことにも気づかんのか?

 顔だけやなくて、中身も平凡で空っぽか……血筋だけ……つまらんな」



「レイカ……今回はあんたが正しい。この男との婚約の破棄……認めます」



「ありがとうございます」



「ふざけるな!!!もうええ。私は帰らせてもらいます!退け!!!」




 男の声と影が扉に近づいてきて、レイカに向けて腕を振り上げる。


 俺は我慢できなくて、部屋へと飛び込んだ。




「俺の女に何してんだよ。あんた?」



 俺は怒りを全力で相手に向けて怒気を含んだ声を発する。



「ひっ!なっなんやお前」


「俺か?俺はレイカの彼氏の黒瀬夜だ。お前こそ誰だよ。

 人の女に暴力を振おうとしてたよな!」




 俺はレイカを強く抱きしめる。




「彼氏!!!彼氏やと。なんで、お前がおるんや。

 お前は今頃海辺のホテルで、殺されて取るはずやろ。

 散々女共からメチャクチャにされて、惨めに殺されとるはずや!」



 なるほど……こいつが黒幕か……



「キーキーうるせぇ奴だな。助けられたからここにいるに決まってんだろ。バカかお前は?少しは考えろ」



「あっ、ヨル?」



「おう。レイカ。ちょっと服はボロボロだけど無事に帰ってきたぞ。

 助けてくれてありがとな。みんなにはもう言ったけど。

 レイカが色々してくれたんだろ」



 レイカに礼を告げると、レイカは頬を染めて笑ってくれた。



「いえ、私は彼女として当たり前のことしたまでです」



「そっか、それでもありがとう」



「なっなんや!なんやねん。私がやったことは全部失敗かいな。おもんな。ホンマ、おもんないわ~あ~終わりかいな。ゲームオーバー」



 潔いと言えばいいのか……



「まっ、ええわ。どうせ男やから男性保護法のお陰で逮捕されても至れり尽くせりでおもてなしされるだけやしな。別にかまへんよ。貴重な男なんや刑務所でハーレムでも作るわ」




 やっぱり往生際が悪い奴だ。



 俺が殴ってやろうかと思っていると、レイカのお母さんが手を叩く。




「連れて行き」



「はっ」



 黒幕の最低野郎は、お母さんの付き人さん?に連れていかれた。



「なっなんやお前ら?!警察か?警察に連れて行くなら行けばええよ。

 私の人生はバラ色や!一生が約束されとるんや」



 明らかに警察ではないだろう黒服さんたち。



「お母様?」


「あれのことは気にしなくてもいいです。それよりも、うちのレイカの彼氏といいましたね?」




 先ほど外で聞いた圧と同じ、圧が俺に向けらられる。



 レイカを制して、俺はお母さんの瞳を見つめ返した。



「はい。レイカさんとお付き合いさせていただいています。青葉高校一年、黒瀬夜です」


「はい。ちょっと二人きりで話がしたいんですが。いいですか?」


「はい。もちろんです」


「なら、レイカ、ちょっと外に出といて」


「お母様!」


「これは東堂家当主といての判断です」



 レイカは悔しそうな顔をして、俺とお母さんだけを残して人払いが行われる。




「まずは……」




 レイカのお母さんは座っていた席から立ちあがり、畳の上で正座をする。


 俺はそれに倣うように正座をして向き合った。



「東堂家当主、東堂麗奈レイナと申します」



 薄暗い部屋で顔がハッキリと見えていなかったが、レイカのお母さんだけあって、レイナさんは物凄く綺麗な顔をした人だった。



「黒瀬夜です」



 俺が自己紹介をすると、じっとお母さんが俺の顔を見る。



「ええわ~」


「えっ?」


「いえ、まずは東堂家当主として、家の事に巻き込んでしまったこと謝罪します」



 そういうとレイナさんは、畳に頭を付けて謝罪をしてくれた。



 それは凄く長く感じる謝罪だったけど。



 背筋は伸びて、綺麗だった。



 すっと、レイナさんが顔を上げる。



「改めて、申します。レイカと別れる気はありませんか?」



 先ほどまで感じていた圧は一切感じない。



 むしろ、慈愛に満ちた。



 本当にレイカを心配している声。



 この人は、当主としての立場と母親としての立場を使い分けているんだ。




「はい。別れる気はありません。今回のことでわかったんです。

 俺は一人では生きていくのも大変なんだって。

 こんな俺を助けようとしてくれた人たちがいる。

 彼女たちが望むように……そして、俺が望むように彼女たちを手放したくはありません」



 仮なんて、言った自分を殴ってやりたい。



 彼女たちが選ぶんじゃない。



 俺が彼女たちを手放したくない。



「ええわ~」


「えっ?」


「いえ、なんでもありません。決意が瞳に現れていますね」



 レイナさんは、優しい顔をしていた。


 その顔はレイカに初めてあったときのようなホワホワした雰囲気に似ていて癒される。



「わかりました。レイカろ別れろとは言いません。ですが、条件があります」


「条件ですか?」


「はい。男だからと言って自堕落にならないこと」



 自堕落?俺はそう言われて、男子応援団を休止したことを思い出した。



「この世界は、男性が減少傾向にあります。希少な男性たちは腐って使い物にならなくなりつつあります。ですから、あなたにはそうなってほしくありません。強く、雄々しく、多くの女性を胎ませ、多くの子孫を残してください」



 これは「はい」と言っていいのか悩むな……それでも……



「それが条件なら、お受けします」



 決意して覚悟を決める。



「やっぱりええわ~少しだけ」



 レイナさんが近づいてくる。



 レイカが大人になったら、今よりももっと綺麗になるのかな?そう思わせるレイナさんは俺に近づいて顔を覗き込む。



「ヨルさん。また、会いに来てくださいね」



「えっ?はい。もちろんです」



「ふふふ。ええわ~」



 よくわからないが、どうやら気に入ってもらえたようだ。

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