side【邪神様】の信者 桃 ー 1
《最上照美》
後夜祭の晩、私はヨル君の彼女になりました。
ですが、それからの私たちの関係は、正直何も発展していないと思います。
ランチを一緒に取るようになりましたが、レイカ会長が卒業するまで、会長に譲ってしまっています。
一番出会いが遅かったツユちゃんは彼と同じクラスで席も前後。
放課後はタエさん。家ではツキちゃん。
メッセージもランさんとユウナちゃんとは毎日しているようです。
私は何を送っていいのかわからず、たまに送るだけになってしまっています。
きっと私が一番ヨル君の彼女として出遅れている。
そんなことを妹のハルミちゃんに相談すると……
「なら、押すしかないね」
「押す?」
「そうだよ。ヨル君はきっと女性に慣れていないんだと思う。
私もご褒美をもらったからわかるんだけど。受け身っていうか。
こっちのしたいようにさせてくれてると思うんだ。
だから押して押して押して、こっちのしたいことをしてもらうの」
ハルミちゃんは体育祭の特典を使って、ヨル君と二人きりで何をしたのかな?凄く幸せそうだから羨ましく思ってしまう。
私はヨル君の声を聴くのが好き。
耳元で囁いてくれたときの幸せを忘れられない。
「ヨル君に嫌われないかな?」
「お姉ちゃん。何もしないまま、他の子たちに負けてもいいの?」
「でっでも、男の子って繊細で傷つきやすいっていうじゃない」
「ヨル君も繊細かもしれないけど。
お姉ちゃんのことを彼女として一応は受け入れてくれたんでしょ?だったら自信を持って」
「でも~」
ためらう私に業を煮やしたハルミちゃんが立ち上がる。
「お姉ちゃんが何もしないなら私がヨル君を誘惑しちゃうよ。
身長も体型も、顔立ちもお姉ちゃんと私は瓜二つなんだからね。
今、壁一枚向こうにいるなんてチャンスじゃん。
いつこんなチャンスが来るかわからないんだよ」
レイカ会長が予約してくれた宿は、私とハルミちゃん。
そのとなりにヨル君の部屋がある。
「私に取られてもいいの?」
「それはダメ」
ハルミちゃんの言葉に私は初めてハッキリと返事をした。
「ふふ、お姉ちゃんって優柔不断なようで、本当は全て決めてるんだから。
ならわかっているでしょ」
「うん。ハルミちゃん。ありがとう。私……行ってくる」
ハルミちゃんに見送られて、私はヨル君の部屋の扉をノックする。
夕食まで少しだけ時間があるので、最初はただお話をするだけでもいい。
「はい」
「テルミです。よかったらお話したいって思って」
「開いているのでどうぞ」
私は扉を開いて中へと入る。
少しだけ自分に勇気を与えるために扉の鍵をかけた。
「失礼します」
私が部屋に入ると、ヨル君は浴衣に着替えて離れに座っていた。
「テルミさん。いらっしゃい」
「もう、浴衣に着替えたの?」
「うん。あまりやることが無くてね。明日は観光に行くと思うけど。
今日は旅館までの移動と夕食ぐらいだからね。後は温泉を楽しむぐらいかな」
彼の前に座って離れでヨル君と二人きり。
彼女になって初めて二人でお話をすることが凄く嬉しい。
「テルミさんと二人で話をするのは久しぶりだね」
私が考えていたことをヨル君も考えていたことに嬉しくなる。
「そうね。ヨル君は忙しいし、他の彼女たちもいるから」
「うん。ごめんね。でも、俺も少しずつだけど、みんなのことを考えようとは思ってるんだ」
「考える?」
「うん。さっきツキに怒られてね」
私はヨル君の妹であるツキちゃんとはあまり話をしたことがない。
まだどんな子なのか理解が出来ていない。
「怒られた?」
「ああ、彼女たちは俺を思って我慢してくれているってね」
ああ、私は自分の欲望のためにここに来た。
だけど、年下である妹さんは彼女たち全員のことを考えてくれてヨル君を怒った。
私は自分が情けなくなる。
「そっそうですか」
「うん?顔が蒼褪めているけど大丈夫かい?」
ヨル君が私を心配して立ち上がる。
私は自分が情けなくて……彼が伸ばした手を払いのけてしまった。
「あっ」
「ふぅ~ツキの言う通りだ。俺は本当に君たちのことをわかっていない」
「えっ」
ヨル君は私を優しく抱きしめてくれました。
手を払いのけたのに、怒ることなく。
「テルミ」
彼が私を呼び捨てにする。
「はい」
「僕は、女性の気持ちが理解できていないところがある。
タエやランは気持ちを正直に話してくれるのでありがたい。
レイカやツユも求めることを口にしてくれる。
ユウナに至っては身体で体当たりだけど」
彼が別の子たちの名を口にして笑みを溢す。
それだけで私の胸は掴まれた痛みが走り、嫉妬している自分の心はなんと醜く小さいのか……
「だけど、ツキとテルミはあまり自分の気持ちを話してくれないね」
「わっ私は」
「ゆっくりでいい。テルミのことを教えてくれないか?」
耳元で囁かれる彼の優しい声に、私は我慢できなくなって涙があふれ出してきました。
それと同時に堰を切ったように、想いを……醜い己を語りました。
あさはかにも誰もいないタイミングを狙って彼を誘惑できないかと思ったこと。
ツキさんが他の女性を思う大きな心。
そして、他の女性たちに対してヨル君が語るたびに胸に宿る嫉妬。
きっと嫌われてしまうだろう。
私は醜い。私には何もない。
レイカさんのような知力も権力も。
ランさんのように年上として彼を引っ張ることも。
ツキちゃんのような包容力も。
タエさんのような警護する力も。
ユウナさんやツユちゃんのような素直さも。
私は何もない。
「そんなことはないよ」
彼は私の頬を挟んで顔を上げさせる。
「テルミは自己評価が低すぎる。
テルミは可愛い。
テルミは賢い。
テルミは奥ゆかしい。
テルミは優しい。
テルミは綺麗好き。
テルミは真面目。
テルミは頑張り屋
テルミは気遣いの出来る人。
まだまだ言おうか?俺はテルミを好きだ」
彼は私の瞳を見つめながら、私の好きなところを褒めてくれる。
それは私が味わう甘美な響きたち……
「ねぇ、テルミ。嫉妬してるってことは俺を好きだってことだよね?」
「それは間違いありません!!!」
私は……私はそれだけは他の子にも負けない自信がある。
「なら、何もないなんて言わないで、テルミは凄くいい女だよ」
彼が私にキスをしてくれる。
それは、海のときのような事故ではなく。
彼から積極的に求めてくれたキスだった。
「ね」
「はい」
私は彼の胸に飛び込んで、泣き止むまで彼に頭を撫でてもらった。
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