第75話 勇気がほしい

 年末が近づいてきて、いよいよ冬休みに突入した頃。


 ランさんから会いたいと連絡がきた。


 夕食を取る約束をして、男性が予約すると優先的に景色が綺麗な個室を用意してくれるレストランを予約した。



「今日は我儘を言ってごめんなさい」


「全然我儘じゃないよ」


「そう?でも、ヨルは忙しいでしょ?」


「どうなのかな?男子応援団は、今は色々準備期間なんだよ」


「準備期間?」



 青葉祭のために作ったPVが思いのほか好評だったそうで、緑埜乙音さんの所属する会社でデビューしないかという話が出ている。



 でも、俺としては高校で女子を応援すればモテるのでは?的な内容で始めたため、現在は仮とはいえ彼女が出来たので意欲減退していた。



 そのためセイヤにデビューの話を一旦ストップしてもらって、半年間の活動休止を伝えた。



 年末年始と言うこともあり、それぞれの休息。

 ランさんの駅伝見学。

 レイカさんの卒業式。



 などイベントも多くあったので、男子応援団のことを考えなくていいのは気楽に慣れたのはありがたい。



 それでも、乙音さん。絵美さんは待ってくれると言ってくれていた。



「色々大変なのね」


「うん。僕等はアイドルじゃないからね。

 テレビに出てアイドルとして活動する気も起きない。

 僕は大切な人たちを手に入れることが出来たから、あとは高校の部活の範囲でいいかなって思ってるんだ」


「音楽を作ってくれてる子は?」


「ヨウヘーがデビューを考えてるなら反対はしないかな。

 あくまで自分は満足してるってだけで、友人の邪魔をする気はないよ」



 そのことをヨウヘーに伝えると、音楽を作るのは楽しいけど。

 遊びだからデビューしてめんどうなのは嫌だと言っていた。



「ヨルも前進してるんだね」


「環境の変化に戸惑うばかりだけど。結構楽しんでると思う」



 食事も終盤にさしかかり、飲み物が届けられる。



「ランさんも凄いよね?

 駅伝の選手に選ばれて、これから忙しくなるんだよね?

 仕事は大丈夫なの?」


「うん……仕事はセーブしてもらうことが最初から決まってたから大丈夫だよ」



 ランさんは立ち上がり、個室のカーテンを開けていく。


 綺麗な景色が広がっており、窓際は少しだけ座れるスペースがある。


 そこへランさんは腰を下ろして僕を見下ろした。



「ねぇ、ヨル……私ね。少しだけ恐いの」


「恐い?」


「うん。今まで努力してきた。


 自分の努力に恥じない自信もある……だけど、あと少しだけ恐さを全て取り払うことができないのか考えてしまうの」



 それはランさんが見せてくれた……初めての弱音。


 いつもランさんは強い人だった。



 始めてあったときは、トレーニングをしている運動好きのお姉さん。

 街で出会ったときは、ファツションモデルをする綺麗なお姉さん。

 妹と出かけたときは、弟妹を可愛がってくれるしっかり者のお姉さん。



 ずっとお姉さんとして、俺を引っ張ってくれた。


 そんな年上でしっかりしているお姉さんであったランさんが見せてくれた弱音は初めてのことでどうにかしてあげたい。



「どうすれば恐さを無くすことができるかな?」



 俺はランさんに近づいていく。


 大人びた雰囲気を持つランさんは、背中が空いた綺麗なドレスに身を包んでいる。


 ゆっくりと近づいて、優しく背中に手を回す。


 それは情熱的に求め合うハグではない。


 親愛が込められた優しいハグ。



「ヨルは優しいね。でも、私が今ほしいのは優しさじゃない。戦うための勇気がほしい」



 勇気と言われて、俺はランさんから距離を取る。



 今は優しく甘やかすときじゃない。



「……《相馬蘭》。あなたは誰よりも欲張りで努力家だ」



 もしも、俺が応援団じゃなければ、ランさんに何をしてほしいと聞いていたかもしれない。



 だけど……今の俺は応援団団長として勇気を与えることが出来る。



 俺は来ていたジャケットを脱いでランさんへそっとかける。



「ヨル?」



 少しだけ距離を取って、右手を差し出す。



「行きます」



 俺は大きく息を吸い込み彼女だけに聞こえる声で、彼女だけを見つめて……



「ラン!


 負けるな!お前は強い!お前は誰にも負けない!


 ラン!


 侮るな!お前の努力は裏切らない!お前を見ている!


 ラン!


 驕るな!努力は誰でもしている!お前の欲は俺を手に入れるほどデカいのだから!


 貪欲に勝利を!」



 もしも、体育祭や青葉祭を経験していなければ、こんな風に言うことはできなかったと思う。



「俺を手に入れたお前の強さを信じろ」



 歌詞を告げるように振り付け通りに、ランさんだけに想いを込める。



「お前は俺様のモノだ!!!」



 そう言って今度は両手を広げる。



 ふわりを甘い香りがしてランさんが俺の腕の中へ飛び込んでくる。



「ぷくくく、あははは。何それ!面白い!」



 青葉高校では結構喜んでくれる女子が多かったが、笑われたのは始めてだった。



 俺は一瞬、失敗したかと思う。



「だけど、ありがとう。すっごく勇気が出た気がする」



 腕の中で強く抱きしめ合うランさんは上目遣いに、そう告げてもう一度強く俺を抱きしめる。



「……ちょっとキザでした?」


「ちょっとじゃないよ。めっちゃキザ。

 恥ずかしいぐらい……だけど、それをヨルが言うならそうかもって思えちゃう」



 ランさんの顔に先ほどまであった影はもう無い。



「ありがとう、ヨル。

 私ね……本当は駅伝やめてモデルだけにしようかなって思ってた。

 その方がヨルとの時間がもっと過ごせるし……日焼けとかもしないで済むし……だけどダメだ。


 私駅伝が好き。


 走っている自分をヨルに見てもらいたい」



 ランさんは話しながらギュッと何度も顔を胸に当てる。



「うん。見たい」


「見せたい!絶対活躍する。私の活躍を見に来て!」


「うん。絶対行くよ」


「なら、私は大丈夫!一人じゃないから勇気100倍だよ」



 今日はロマンチックなレストランを用意したけど……スポ根みたいになってしまった。



「それと……これはお礼」



 俺は座らされてランさんの胸へと抱きしめられる。


 柔らかくて甘い香りが鼻孔を満たしていく。



「ヨル!大好きだよ」



 抱きしめから解放された俺にランさんが情熱的なキスを受けた。


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