side【邪神様】の信者 金 ー 2

【東堂麗華】



 クリスマスイブが直前……12月23日。



 私は婚約者である伊集院是人さんとの会食のため車で移動をしていた。



「本当によろしいのですか?」



 高校生活も残り僅かになり、正式に私の秘書としてスケジュール管理や身の回りの世話をしてくれることになった。

 キヨエさんからの質問に私は窓に向けていた視線を彼女の方へ向ける。



「もう決めたことよ」


「当主の意向に反することになりますが……」


「それでも……とだけ言っておきます」


「わかりました。私は最後までお嬢様の味方でいるつもりです」


「ありがとう」



 幼い頃からずっと私の側で支えてくれたキヨエさん。

 もしものときは彼女だけでも……



「到着しました」


「それじゃあ行きましょうか」


「はい」



 店の中へ入れば、日本庭園が広がる素晴らしい屋敷の廊下を一番奥へ進んだところで、案内をしてくれた女将が膝を折って戸を開けてくれる。



「すいません。少し遅れました」


「いえいえ、全然かまいはしません」



 上座に座り、京言葉を使う是人さんは決して悪い人ではない。


 見た目は平凡。能力も特出することもなく。


 彼が母に気に入られたのは、その血にこそある。


 彼の血筋は皇家や公家の血を色濃く引いた家系で在り、女性が主導で政治や経済を仕切るようになった後でも脈々と続いている家である。



「久しぶりやけど。レイカさんはいつ会うても綺麗ですなぁ」


「ありがとうございます。是人さんも相変わらず口がお上手ですね」


「お上手なんて、そんなそんな。僕はホンマのことを言うとるだけです」



 軽薄というわけじゃない。

 これが彼本来の話し方なので、慣れてしまえばどうということもない。



「一年に一回しか会えんというのは、恋しなりますな」


「……そのことなんですが」


「何や……なんか深刻そうな顔どすな」



 彼と婚約が決まって三年が経つ。


 高校入学と同時に告げられた婚約。


 名家同士の繋がりを強めるための婚約。


 それに私は終止符を打とうとしている。



「まずは謝罪を」


「謝罪?」


「はい。私は……是人さんと結婚できません」


「結婚できへん?それは何でです?私に何か問題でも?」


「いえ。むしろ、問題があるのは私の方です。私に好きな人ができました」


「これは家同士の繋がりを強めるための結婚です。

 お互いの気持ちは関係あらへん。それをわかって口にしとるんか?」



 是人さんは平凡なだけの人で、今までも優しいだけの人という印象しかなかった。



 初めて見せる是人さんの感情的な物言いに私は驚いてしまう。



「わかっています」



 それでも私が気持ちの変化を顔に出すことはない。



「……意思は強い……いうことですな……」



 腕を組んで考える素振りを見せる是人さん。



「はい」


「……どうしたもんなんやろな……レイカさん。

 僕の家は血筋こそ古いだけの家や。

 正直、家や土地は持っとるがそこまで金持ちやない。


 今回の話も東堂家からの申し出によって実現した話や」



 是人さんは淡々と二人の関係を話し始める。



「それを……当事者とは言え、結婚を申し込んだ側から断る言うんわ……ちょっと、違うんとちゃうか?」



 眉間に皺を寄せ難しい顔を見せる是人さん。



「申し訳」


「レイカさん。あんたは私が嫌いか?」


「えっ?」


「確かにこれは家同士の問題や……そやけど、男女のことでもある。

 互いの気持ちが私は大事や思います。


 私はレイカさんを好きや思てます。


 レイカさんも、少なからず私のことを嫌いやないと思てました」



 先ほどまでは、家の事情……今度は感情へ訴えるような物言いに私は不思議な感覚を覚えた。



「是人さんは本当に私を好きなのでしょうか?」



「なっ何言うとるん?さっき好きやって言うたやないか」



 慌てる是人さんを見て、私はこの人の何を見てきたのだろうか疑問が湧いてくる。



「……ハァー私も人を好きになったからこそ分かることもあるのです。

 先ほど是人さんから受けた告白でよろしいでしょうか?

 それには感情が込められているようには感じませんでした。

 ただ、その言葉を発していればいい。そんな風に感じるのです」



「感情?なっ何言うとるん?そんなもんわかるはずないやろ!」



 これまで理知的?であった是人さんは慌てるばかりで、声を荒げてしまいました。



「是人さん……あなたは本当に女性を好きになったことがないのではないでしょうか?」



「ぼっ僕をバカにしとるん?」



「いいえ。


 人を好きになると言うことは素晴らしいことだとお伝えしたかっただけです。


 確かに私達の婚約は家同士が決めたことではあります。

 ですので、今回はこちらの落ち度として、それなりの賠償はさせて頂きます。


 ですが、あなたを好きだと思ったことは一度もありません。


 男性が少なくなった世で、婚約者がいるのは幸せだと思っては来ました」



 私は姿勢を正して真っ直ぐに是人さんを見る。



「そやったら」


「ですが、好きな人が出来て理解しました。


 私はあなたを好きではありませんでした。

 家のために妥協しただけであり、世を憂いただけでした。


 私は好きな殿方の子を産みたい。


 その人と一生添い遂げたいと思っております」



 ハッキリとした言葉で告げたにも関わらず……



「ちょっと待ちいな……もう少し考えてモノを話しなはれ。

 ええのんか?伊集院家の血を求めてるんやないか?

 別に私はお飾りの夫でもかまへん。

 子供さえ生んでくれたら私は子の父や。

 それで今のご当主様も満足なさるんやないか?」



 どうしてこの人はここまで食い下がるのか私には皆目見当もつかない。


 ただ、始めた見せられた感情。


 始めて見た未練たらしい醜悪な姿に嫌悪すら覚えてしまう。


 ふと、ヨルの綺麗な顔が浮かんでくる。



「私はあなたの子を産む気はありません」



 最後にもう一度ハッキリと告げて、私は席を立った。


 当事者同士では気持ちを伝えあったのだ。


 後はそれこそ家同士の問題であり、母を説得しなければならない。



「レイカさん!」



 戸越しに是人さんの声が聞こえてきたが、私は気にすることなく帰路へついた。

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