第65話 青葉祭は派手に ー 2
テルミ先輩の手は小さくて柔らかい。
何度か接することはあっても、こうして二人きりで歩くのは、合宿所以来のことだ。
海を二人で歩いて、事故でキスをしてしまった。
「あっあの……手を」
「ダメですか?」
「ハゥッ!」
テルミ先輩の顔を覗き込むようにすると、テルミ先輩は否定しないでそのまま歩いてくれる。
校内は見たいところだらけなので、近くから順番に回っていこう。
「テルミ先輩。お化け屋敷だそうですよ」
「ひっ!」
「苦手ですか?」
「べっ別に大丈夫です」
「そうですか。なら入りましょう」
俺はテルミ先輩の手を取って中へと突撃する。
明らかに強がっているのが顔に見えたので、怖がって抱きついてくれたりするのを期待して中へと入った。
古典的な人がお化けの役をして脅かすタイプで、コンニャクとか冷たいタオルがぶら下がっていた。
「ひっひぃ!!今何か冷たいものが!あっ柔らかい物に触れました!」
凄く強い力で腕を握られている。
う~ん、もっと「キャー」とか言いながら抱きついてくれると思ったんだけど。
「今のは幽霊?いえ、そんな非科学的な現象が起きるはずがありません。
人です。人に間違いありません!」
などと一人でぶつぶつ言いながら解説をするテルミ先輩。
ちょっと面白いけど。思っていたのと違うのでイタズラしたくなる。
耳元に口を近づけて……「フゥ~」と吹いてみた。
「ひゃっ!」
耳がコソバかったのか、握っていた腕に抱きついてくれた。
「なっ何をするんです。こんなところでイタズラはメですよ」
怒り方まで可愛い。
「すいません。もう終わりなので、次は何か甘い物でも食べましょう」
「そうですね。こんな子供だまし恐くありません」
ずっと腕を握っていたのに随分な言いぐさである。
「クレープは好きですか?」
「はい。大好きです。でも、果物はダメなはずですけど?」
「みたいですね。
そこはジャムとかチョコソースを使ってクリームをアレンジしたみたいです」
「なるほど!」
イチゴジャムとクリームのクレープを一つ頼んでテルミ先輩に手渡す。
「あれ?一つだけですか?」
「はい。色々食べたいので、一個だけにしました」
「なるほど。それは賢明ですね。それでは私はいいのでどうぞ」
一つだけのクレープを差し出してくるテルミ先輩。
だけど、俺はそれを拒否する。
「ダメですよ。テルミ先輩が食べてください」
「えっ?私がですか?でも、ヨル君が甘い物を食べたいんじゃないんですか?」
「だから、一緒に食べましょ。はい」
そういってテルミ先輩の口にクレープを近づけて唇に触れた。
テルミ先輩が観念して口をつける。
「もう強引ですね」
「そうですか?それで」
テルミ先輩が食べたところを上からパクりとかぶりつく。
「あっ……」
「間接キスですね」
「キ……ス……」
キスと言うと、テルミ先輩は顔を真っ赤に染めてしまう。
合宿のときのことを思い出してくれたのかも知れない。
「今日のキスは甘くてクリーム味です」
テルミ先輩は赤い顔をして黙ってしまった。
手を引いて次の屋台へと向かう。
あまり多くは食べられないので、肉まんと飲み物を買って二人でベンチに座った。
「今日はありがとうございます」
「えっ?何がでしょうか?」
「一緒に青葉祭を回ってくれたことです」
「あ~いえ。むしろ私がお礼を言うべき立場だと思います」
テルミ先輩は座り方を変えて、こちらを向く。
「ヨル君。
青葉高校は男子もいるので、それほど女子たちは男子へガツガツと強要しないように教育を受けています。
ですが、今も女子達からヨル君へ熱い視線が集まっています。
それに私には嫉妬の視線が向けられています」
テルミ先輩から意外な言葉が出来てきたので驚いてしまう。
「自覚……は薄かったのでしょうね。
これまでの態度を見ればわかります。
ですから、私は人気者であるヨル君を青葉祭第一日目の午前中だけと言っても、独占してしまったことお礼申し上げます。
そして、ヨル君あなたに伝えて起きたいことがあります」
テルミ先輩の姿勢を伸ばして真面目な雰囲気そのままに真剣な眼差しが向けられる。
「私はヨル君を好きなんだと思います」
「思います?」
「はい。まだ自分でも分かりかねています……でも
あなたの声を聞くだけで胸がドキドキします
あなたを目で追っている自分がいます。
あなたを触れられる度に嬉しくて、
あなたに声をかけるのを待っている自分がいます。
もう、私はあなたに恋をしたと思うしか、この想いに答えを出すことが出来ません」
それは唐突で、ランさんのような熱烈なアピールでもなくて……ただただ真っ直ぐに純粋な想いが込められていると俺でも理解できた。
「あっあの」
「待ってください。まだ答えを言わないで」
「えっ?」
「この青葉祭の最後に行われる後夜祭の時に聞かせてくれませんか?」
俺は答えを決めかねていたこともあり、驚いてしまう。
「……理由を聞いても?」
「青葉祭の伝統のようなモノです。
青葉祭で告白した女子に後夜祭で男子が答えを伝える。
それが実を結ぼうと、実を結ばなかったとしても、青葉祭の思い出と共に……」
そこには貞操概念逆転世界など関係ない。
純粋な青春の思い出があるのかもしれない。
本当に思っていた単純な世界と違って、純粋で複雑なのだ。
「わかりました。明日の後夜祭。それまでに答えを出します」
「はい。お願いします。それでは私はそろそろ生徒会に出頭します」
「いってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
座る俺。
立ち上がるテルミ先輩。
不意にテルミ先輩が振り返り、俺の頬にキスをする。
「私もいつもやられてばかりではありませんよ!」
そう言い残してテルミ先輩は去って行った。
俺はしばらく呆然として、自分の頬に手を当てて柔らかな感触を思い出していた。
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