第53話 男子の平均

貞操概念逆転世界の男子は、基本的に仕事をする必要がなく。

女性から子種の提供以外で求められることが少ない。

それも、人工授精の成功率が上がっているため直接的な接触も必要としなくなっため、見た目も気にする必要がないため惰性で怠慢になりがちである。



学生の間は思春期の恥ずかしさがあり、多少は見た目を気にするものが多くいるが、それは肉体的な強さではなく。どちらかと言えば見た目の綺麗さであったり、可愛らしさ?などを気にする男子が多い。



「やぁ、君が噂の黒瀬君だね」



100m走の順番待ちをしていると、小柄で可愛らしい男子が話しかけてきた。

セイヤには劣るが、あざと可愛いと女子からの人気もありそうなタイプだ。



「ああ、俺が黒瀬だ」


「僕は黄島豊キジマユタカって言うんだ。1-B組なんだよ。よろしくね」



人懐っこい印象を受けるのもセイヤに似ている。



「僕ね。運動が結構得意なんだ」



得意と言われて体を見るが、腕も足も細く筋肉はあるようだけど……鍛え始めたハヤトにすら及ばない。



「……そうか」


「僕ね。卒業したらアイドルになろうと思ってるんだ。ずっと仕事しないってヒマだろうし……僕って可愛いでしょ?だからさ。運動が出来て可愛くて、賢い僕に女子は従えばいいだよ。黒瀬君の昨日のライブソングは結構僕の好みだったから、今まで興味なかったけど。話してみたいなって思ったんだ」



人の夢を笑うつもりもなければ、否定するつもりもない。

キジマのようなタイプを好きな女子もいることだろう。



だけど……何故か、こいつには負けたくないって思った。



「体育祭の優勝特典で、学園からメディアへ宣伝するつもりなんだ。だから、黒瀬君、価値を譲ってくれたら嬉しいな」


「わかった、本気ではやらないでおく」


「ありがとう」



張り付いたような笑顔を向けてくるキジマと、俺はそれ以上話したくなくてその場を離れた。


100m走のスタート位置に立った俺はゴールだけを見つめる。



先に走ったキジマは12秒56とそこそこの速さを出していた。



軽く流す。本気にならない。だけど負けない。



俺は目を閉じてスタートの構えを取る。



バン



スタートを知らせる合図と共にゆっくり体を起こして走り出す。


走ることが出来る健康な身体が気持ちよくて、自然に体が前に出る。



「黒瀬選手一着でゴール!!!スタートこそゆっくりと出遅れたように見えましたが、なんとなんと他の選手を全て抜き去り、10秒台でゴール!!!近年では男性が10秒台で走るなど伝説的な話ですが、我々は伝説を目にしました」



男子の平均は14秒台。早い者でも12秒で走れば早いとモテはやされる。


惰性は男性を退化させてしまっていた。



「黒瀬君?どういうこと?」



キジマがゴールで待っていて問いかけてくるが、タイムがあまりにも早すぎて驚きを隠せないようだ。



「あ~すまん。本気は出していないんだが、思ってるよりも速いタイムが出た」



そのあとの競技でも、槍投げは高校男子の平均を大幅い超える飛距離を叩き出した。


2020年代でれば、男性が平均を出していた記録程度ではあるのだが、それから80年進んだ世界では脅威の記録となった。



「最後だな」



高校でやる競技としては珍しい棒高跳びは平均はわからないが、2メートルを超えたところで他の競技者は誰もいなくなった。


2メートル30で落としてしまったが、結構飛ぶことが出来て楽しかった。



「だっ男子競技は全てで7種目ありますが、そのうちの三種目を黒瀬選手が高い記録を塗り替える好成績で優勝を果たしました。他の競技も出ていたならどうなっていたのかわかりませんが、三種目を終えた黒瀬選手に盛大な拍手を!!!」



GKOさんの煽りで男子競技を見守っていた女子から盛大な拍手が起こる。


俺は全方位に両手を振って退出していった。


キジマは二種目目が終わった辺りから姿を見せなくなった。



残り四種目をキジマが優勝すれば特典?を受けとることも出来るだろう。



問題ないな。



グランドから立ち去ろうとしたところで、ユウナがいた。



「すっ凄かった!!!」


「ありがとう」



素直に幼馴染から凄いと言われるのは嬉しい。


キモイ俺じゃない。ヨルは凄いんだって証明できた気がした。



「あっあのね。また毎日メッセージを送ってもいい?」



独り言と間違えそうな小さな声でユウナがそんな問いかけをしてくる。


最近は用があれば、連絡を取り合うようにしてたいが、昔のようにはメッセージを送っていない。



「別にいいけど。最近は疲れてるから返信が遅れるかもしれないぞ」


「全然いい。全然いいよ。私待ってる。待ってるから!ありがとう!」



嬉しそうにお礼を言われるのは複雑な気分ではあるが、退出している途中で他の女子に聞かれて騒ぎになりたくないと足早にユウナの下を去った。



身体を動かしたことで、モヤモヤしていた気持ちがスッキリできた。




今晩、もう一度ツキと話そう。本当のことを話してわかってもらうしかない。



ヨルにとってツキは妹なんだ。

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