第51話 月
体育祭初日を終えた俺は疲れ切っていた。
家に帰る頃には心地良い疲労を感じながら簡単なパスタを作って夕食を済ませた。
風呂に入るとすぐに眠くなってきて、ソファーで少しだけ休息を取るつもりで横になった。
大きな窓からは月が綺麗に見えていて、今日は満月だったんだとふと思いながら目を閉じた。
月の明かりは優しくて、夜の闇を照らしてくれるようで……
「兄さん…兄さん……本当に寝ているのね……」
遠い場所でツキが呼んでいる。
ごめんね。
今日は疲れてるんだ。
ふと、ヨルの記憶を思い出す。
幼いツキが母さんがいないと泣いている。
あの頃は、母さんもユイさんも忙しくて、ユウナとツキはよく泣いていた。
僕は二人の笑顔が見たくて二人のために料理を作ってあげた。
あんまり美味しくない焦げ焦げの卵焼き……たくさんマヨネーズをかけて誤魔化した。インスタントのラーメンは薄くて伸びきっていて美味しくなかった。
それでも二人は僕が作った不味い料理を「おいしいね」「ありがとう」と言って食べてくれた。
嬉しいけれど、悲しくて、懐かしい思い出……まだタワーマンションに住んでいなくて、オートロックのマンションから出ることもできなかった幼い記憶。
「疲れているのね……ねぇ、兄さん。あなたは誰?私の大好きな兄?それとも別の誰かなの?」
懐かしい匂いと、頬に触れられた感触に少しずつ目が開く。
「おはよう……兄さん」
黒髪に紫の瞳……いつの間にか、伸びた髪は肩にかかりサラサラの綺麗な髪が月の光に照らされている。
久しぶりに見たツキは、月の女神のように美しく……中学生だと忘れてしまいそうになる。
「ああ、おはよう。ツキ」
ツキは立ち上がって窓の方へとゆっくり歩き出す。
紫色をしたシルクのキャミソール。
ツキの瞳の色と同じ色をしていて凄く似合っている。
「兄さん……兄さんは女性に興味がありますか?」
ツキは振り返り、背中を窓にあずける。
「何だよ急に……女性?興味あるよ」
いつもはお兄と呼んでいるツキが兄さんと呼ぶことに違和感を感じながら、目覚めたばかりの頭では判断できない。
「ねぇ、兄さん」
今は何時なんだろうか?夜も深く遅い時間であることはわかるけど……ふと、月の光の中でツキが着ていたショートパンツを脱ぎ捨てる。
暗い部屋の中では、ツキの姿がハッキリと見えない。
「兄さんから見た私は興味の対象となりますか?」
キャミソールも脱ぎ捨て、ナイトブラと下着だけになる。
白い肌が月の光に照らされて妖しく光っているように見えた。
ツキは本気なのだろうか?ふと、少し前に本当のヨルではないと問いかけられた。
久しぶりに話すツキ……本気なのかはわからない……ただ、疲れた頭が目を覚まして身体を起こす。
「……正直に言うね」
「はい」
ツキは一歩一歩、ゆっくりと近づいて俺の前で停止する。
夢で見たヨルとしての記憶。
そして、今目の前で……俺という存在にとって妹ではないツキ……
「わからないんだ」
唇が触れあいそうなほど近くに顔を寄せ合う兄妹。
互いの瞳は紫に輝き……
互いの髪は黒く染まる……
吐息を感じるほどの距離で近づいて、胸はどきどきしている。
だけど……
「わからないですか?」
「ああ、ツキの姿を美しいと思う。まるで女神のようだ」
そう思うのは事実で……母さんのときのような拒絶は浮かんでこない。
だけど……
「だけど……俺にとってツキが妹だと思う気持ちも存在する」
そう、彼女は美しい女性であると同時に、血の繋がった妹であると心が……ヨルの記憶が訴えている。
「そう……ですか……」
しばらく二人は触れあってもおかしくない距離で見つめ合う。
夜の暗闇のなかで、月の光だけが二人を照らす静かな空間。
「……わかりました」
月が何を思ったのかはわからない。
ただ、最後に……
「私は兄さん以外の男性に触れられたいと思っていません」
ツキは、俺を見下ろしてそんな告白をして部屋へと戻っていった。
すっかりと目が覚めてしまった俺はもう一度風呂に入って、冷たい水を頭から浴びた。
母さんとも、ユウナとも、レイカさんやテルミ先輩とも違う……
それは、ランさんがしてくれたキスと同じぐらいドキドキと胸を打ち鳴らした。
それはいけないことをしてしまった背徳感からか、それともツキのことを女性として見たのか……
ハッキリとはわからない幻想的な夜と月。
「バカな考えを持つな!!!相手は子供で妹だぞ!!!」
あまりにもハッキリと告げられた言葉だったので、脳裏に焼き付くようにフラッシュバックされる。
そのたびに月の光に映し出される。
ツキの白く美しい体を思い浮かべてしまう………
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あとがき
いつもとは全く違う夜の時間に投稿しました。
明日はもう一話投稿したいと思いますが、夕方になると思います。
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