side母 ー 3
【黒瀬星】
「わっ私も帰る」
ツキが去っていく姿を眺めていると、ユウナちゃんまで帰ると言って立ち去っていく。
ツキを問い詰めるつもりで呼んだのに一方的に言葉を浴びせられて唖然としてしまう。雰囲気がぶち壊しになった食事会となってしまった。
「二人とも帰っちゃったわね。それじゃあ聞かせてくれる?」
「何を?」
ユイが言い知れぬ圧を放って私に声をかける。
こいつは軍隊当時も笑顔を絶やすことはなかった。
他の者が苦しむ訓練でも弱音を吐かずに笑顔で乗り越える。
私と同じ時期に子供を授かっていなければ、今でも軍隊にいただろうし軍隊に居れば将軍クラスになっていただろう。
「さっきツキちゃんが言っていたじゃない。本気で兄さんにキモイと発言したんですか?って。どういうこと?ヨル君にキモイって言ったの?本気?」
圧がさらに増している。
息をするこもままならない。
「ああ。言ったさ。お前も中学の卒業式の日に見ただろ。
ボサボサの髪。
覇気の無い目。
現代に生きる男どもと同じでナヨナヨした雰囲気。
私はヨルをそんな子に育てたくはなかった。
だから、厳しくしてきたのに……正直、失望したんだ」
自分の気持ちを吐き出すように私はヨルに言った言葉を認めた。
これは私と子供の話だ。
ユイには関係ない。
そう思って油断していた……
突然、吹き飛ぶ衝撃と共に椅子ごと私は壁に激突した。
「はっ?お前、今何言った?ヨル君に失望した?キモイって言った?バカなの?死ぬの?殺されたいの?」
そこには久しぶりに見る戦闘モードのユイがいた。
今もスタイルを保つために、互いにジムや道場で体は鍛えている。
だが、雰囲気は現役時代よりも遙かに圧が増している。
「ユイ!お前には関係ないだろ!ヨルは私の子だ」
「お前だけの子じゃねぇよ!お前は仕事仕事ってほとんどあの子たちに構ってねぇだろ。
中学校の入学式。
小学校の運動会。
幼稚園の卒園式。
おねしょをして泣くヨル。
全部お前は知らねぇだろ。あの子を育ててきたのは私だよ。
あんたはたまにあの子を連れ去って暴行したり、家で口うるさく怒鳴っていただけだろうが!調子乗んなよ」
親友であり、戦友であるユイ。
ここまで怒るのを見るのは初めてかもしれない。
だけど、言っていいことと悪いことがある。
「お前が何を言っても、ヨルは私がお腹を痛めて生んだ子だ!
ヨルをどんな風に育てようか決めるのは親である私だ。
お前にとやかく言われる筋合いはない」
立ち上がってユイを睨みつける。
そうだ。ヨルは私の子なんだ。ヨルの成長を決めるのは私だ。
「ハァ~あんた親を神様だとでも思ってるの?やっぱりマジでバカ。
どんな風に成長していくのか決めるのはヨル君自身よ。
親は導くだけ。
歩けないから抱き上げてあげるの。
ヨチヨチ歩きしかできないから手を取って歩くの。
幼稚園という環境で、知らない人と接し方を知って、子供ができることも出来ないことも色んなことを体験させてあげるの。
小学校にいくと勉強が始まって、体の成長をしていく中で様々な大人になる準備のために勉強をするの。
中学生になると、思春期になって自分の気持ちに悩んで心と性格を形成していくの。
親なら、子供の変化を喜びこそすれ、それをキモイと言ったなんて頭おかしんじゃないの?
ヨル君に謝りなさい!謝る場所は用意してあげる。
もしも、謝ることができないなら、あなたは親失格よ。
私がヨル君を育てるわ。
もちろん、それを決めるのもヨル君だけど、今日のことを全て話して決めてもらいます」
私からヨルを奪う?ヨルは私の子なのに?そんなこと許されない。
「子供たちの夏休み。お盆の時期に旅館を予約するわ。
そこへ来てヨル君に謝りなさい。
たぶん、あなただけじゃなくユウナもやらかしてるから、そっちもなんとかしないとね。私も本当にバカ。こんなことをどうして気付いてあげられなかったんだろう」
ユイは店側に食事のキャンセルと、迷惑料を渡して店を後にした。
一人残された私は呆然と座り続けていた。
運ばれてくる料理を一人で食べる。
いつものことだ。
仕事にかまけて、家で料理をしたこともあまりない。
ヨルが変化していたことはわかっている。
私の知らない間に、男らしく私の理想の男性像へ成長を遂げていた。
「ふぅ~どうかしている。実の息子に欲情するなんて」
ふと、あのレストランで感じたヨルに対する気持ち……あれは本当に私の中にあった気持ちなのか?それともあの人を思い出しただけなのか。
「確かめる必要があるわね。温泉旅館か……」
ユイから送られてきたメッセージには、旅館と日時が記されていた。
マネージャーに連絡して、指定の日時だけは空けるようにした。
「行くしかないわね」
午前中に入った緊急の用件のせいで、ヨル達に遅れる形で夜に到着した。
「やっと来たわね」
ユイに居場所を聞けば一人でbarにいると言う。
「別にあなたに言われたから来たわけじゃないわ。私は私の目的があって確認しにきただけよ」
「そう……だけど……もう、あなたが出る幕はないかもね」
ユイは一人で酒を飲みながら力なく笑う。
「どういう意味かしら?」
「ヨル君は私達が思っていたよりも、一人で成長していたってこと。
私達が導くとか、守るなんて次元はもうとっくに乗り越えて、大人になっていたわ」
嫌なことではなく、寂しいくもあり、喜ばしいこととして、ユイは祝杯を飲み干す。
「もう、あなたの謝罪も必要ないかもね……」
「そう、でも関係ないわ。私はここに確かめに来ただけだから」
私はそれ以上ユイと話すことはないため、ヨルがいるであろう部屋へと向かった。
一応、女性と男性を分けるようにヨルの部屋には鍵が付けられている。
ユイから鍵を受け取って中へと入る。
遅く着いてしまったこともあり、ヨルは眠っていた。
私は服を脱いでヨルに近づき布団をめくった。
「ヨル」
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