第40話 恋愛相談
どれだけ泣いていたのだろう……
出されたジュースの氷が解けて、コップから溢れ出しそうになっている。
涙を流すと頭がボーとする。
「少し落ち着いた?」
ユイさんからおしぼりを渡されて顔を拭く。
ソムリエールさんに温かいお茶を入れてもらおうように言っていた。
「落ち着くと思うわよ」
温かいお茶がぬるくなる頃に一口目を飲んだ。
ホッと息を吐く。顔が熱い。
「まだ、気持ちは落ち着かないかもしれないけれど。聞いてくれる?」
ユイさんの話なら、聞いていたい。
頷くとユイさんがワインを一気に飲む。
「ここからは愚痴。情けない母親と女としてね」
茶目っ気たっぷりな笑顔を向けるユイさん。
いつもなら苦笑いを浮かべたと思うが、力なく無表情で見つめることしかできない。
「ユウナがね。おかしくなったの。最初は元気がないだけかなって思っていたんだけど。この間の女子会のときにツキちゃんから言われていた言葉を聞いて、私もわかったんだ。ヨル君。ユウナをフッた?」
呆然とする頭で、ユウナの顔が浮かぶ。
フッたかと聞かれて、思い当たる答えが無かったので首を横に振る。
「そう、ヨル君がフッたわけじゃないならどうしてだろ?
あの子、昔からずっとヨル君のことが好きなの。
それこそ小さなときに結婚の約束をするぐらい。
それも中学生を卒業するときも、絶対ヨルと結婚するって言ってたから。
今もそうだと思うの」
ユイさんの発言を理解することができなくて、しばらく思考停止してしまう。
ユウナは言った。
『高校なんて行かない方がいいくらいキモイと思うよ。目つきは悪いし、老け顔だし、話すの苦手だし、総合的にキモイから家から出ない方がいいんじゃないかな?』
あの言葉が好きな相手にかける言葉?信じられない。
どうしてそんなことをする必要があるのかわからない。
俺が憧れた貞操概念逆転世界なら、幼馴染が一番主人公を好きで、愛してくれると思っていた。
それなのにヨルを傷つけた一番の相手だった。
そんなのって
「信じられない」
「えっ?」
「ユイさん。ごめんなさい。ユウナが俺を好きなのは信じられません」
「どういうこと?」
俺は中学時代孤立していたこと、ユイさんとユウナだけが普通に接してくれて、心の支えになっていたこと。
そして、卒業前のいつものメッセージ。
ユウナから告げられた真実。
心の支えを失った絶望感は、忘れることはできない。
「そう……そんな……それで」
ユイさんは俺の心の傷が、そこまで深いものだったと知らなかったようだ。
ただ、一人考え込んでいた。
「ヨル君……ことの重大さが私はわかっていなかったかもしれないわ」
大分時間が経ってきて、気持ちを落ち着いてきた。
むしろ、冷静に頭がスッキリとして考えられるようになってきた。
「ユイさん。もういいです。高校に入ってから友達が出来ました。それに好きな人も」
神妙な顔をしていたユイさんは、俺の言葉に困ったような顔をする。
「……そう、あなたは乗り越えたのね……それで?好きな子ってどんな子なのかしら?母さんに教えなさい」
少し間を取り、息を吐いてユイさんは場の雰囲気を茶化すように変えてくれる。
本当にこの人には適わない。
「えっと、
三つ年上の人は頑張り屋さんな人です。いつも全力で色んなことに取り組んでいます。
二つ年上の人はのんびりとしているのに凄く優秀な人で、どこか責任というか、重圧?何かを抱えて影を感じる人です。
一つ年上の人は真面目で優秀なんですけど、からかうと可愛い反応をしてくれるんです」
「え~ヨル君。その歳で三人も女の子を泣かしているの?」
「泣かしてません。でも、気になっています」
「青春ねぇ~それで?男性は一夫多妻制が認められているけど。ヨル君はどうしたいの?本命の女性を一人だけ愛する?それとも大勢の奥さんに囲まれたい?」
貞操概念逆転世界だと自覚したとき、それは物語やゲームの中に入った読者だった。
だけど、ここが現実なんだと思えば、俺はどうしたらいいのか?
夏休み前はハーレムを作ることを考えていた。
それは不誠実なのかな?
「悩んでいます。今、一番好きな人は決まっているんですけど。他の子たちも気になってしまって」
「そっか~あ~いいな~私もヨル君に選ばれたい!」
ソファーにもたれながら茶化すユイさんは可愛くて、ちょっとドキッとしてしまう。
「はいはい」
「む~息子が冷たいぞ~。
ふふ、ヨル君と恋愛話が出来る日が来るって楽しいわね。
息子を取られる母さんってこんな気持ちなのかな?
ちょっと聞きたくないような、でも送り出したいような不思議な気分」
父親が娘の恋愛相談を聞く気分なのかな?
「そうだね~アドバイスをあげるとすれば、ヨル君の好きなようにすればいいんじゃないかな?」
「えっ?」
「だって、男性は一夫多妻が認められてるでしょ。
でも、一人だけの女性を選ぶ人もいれば、大勢の女性と結婚している人もいる。
もちろん女性が嫌で一人でいる人も、男性同士で結婚している人もいる。
それはそれぞれが自分で考えて、自分の好きなように生きているからだよ。
だから、ヨル君が本当に三人とも好きだと思って付き合いたいと相手に伝えて、相手も三人同時でもいいと言うなら付き合えばいいんだよ。
相手が応じるかは、ヨル君が悩んでも仕方がないことだしね。
ヨル君は自分の好きなようにする。相手も自分の好きなようにする。
全員がヨル君を選んでくれるとは限らないでしょ?」
ユイさんの言葉に自分は傲慢な考えを持っていたことを思い知らされる。
貞操概念逆転世界だから、男性側から告白すればすぐに付き合えてしまうと思っていた。
だけど、選ぶ権利は相手にもあるのだ。
本当に、この世界は思っていた世界と違い過ぎる。
自分の考えが甘々過ぎて通じない。
「どうやら、悩みは晴れたみたいだね。良い顔してるよ。
まぁヨル君は素敵な子だから全員がOKするかもね。
その結果、重婚になろうと私はあなたの味方で居続けるよ」
ユイさんに頭を撫でられる。
悩みを全てぶちまけて嫌な気分がなくなって、ユイさんはまだ残ってお酒を飲むというので、俺はバーを後にした。
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