第39話 幼馴染みの母との関係

三時間ほどユイさんの運転する車に乗って到着した温泉宿は豪華で綺麗だった。


何よりも旅館から見える絶景がヤバい。


俺が車から降りて驚いている間に、ユウナが車から飛び出してどこかにいってしまった。



「最近、ユウナと話してないな」



夏休み前に卒業宣言をしてからユウナからメッセージが送られてこなくなった。


どうも気を使わせてしまったのかもしれない。

それともキモい俺と連絡を取らなくてよくなったので清々しているのか、それを聞くのはちょっと嫌なので聞けない。



「さぁ温泉に入って美味しい物いっぱい食べるわよ!!!」



ユイさんに先導されて温泉旅館へ入っていく。


男性が宿泊できる温泉旅館は、現代では随分と限られている。


人口の四分の一まで男性が減少している中で、半分以上が50歳以上なのだ。

そのため男性専用旅館などで無い限り、男性だけで泊まりに来る機会はほとんどない。


ましてや、男性が温泉に来たとしても、家族とお風呂に入ることもないので旅館側も男性用の風呂を用意するだけ無駄な状態なのだ。



「ここはね~お部屋に露天風呂がついています!」



ユイさんが案内してくれた部屋は、国が誇る一番高い山が見えた。

最高の景色を見ながら入るお風呂が堪能できる部屋だった。



「うわ~凄いね」


「えっへん。予約するの大変なんだからね」


「ユイ母さんありがとう」



これにはツキもお礼を告げている。

中学時代はキモいと言われて距離を取られていたが、最近は買い物にいったり、夕食を一緒に取ったりとそこそこ仲良くやれていると思う。


ただ、ツキはたまに兄妹だからなのか?距離が近いときがある。



「お兄。お風呂にする?それとも散歩?お風呂なら一緒に入る?」



なぜ自然に妹とお風呂に入ることになるのだろうか?いやいや、女性にはちゃんとした大浴場があるからね。

この露天風呂は俺専用だよ。えっ独占はよくない。


え~じゃあ入ってもいいけど。一緒はちょっと思春期ですから。



「む~私もヨル君と一緒に入ろうと思って居たのに」



いやいや、普通に考えて、貞操概念逆転世界だからなんか良い感じに誘惑されている感じだけど。


姉に対して、弟と知り合いのオジサンが一緒にお風呂入ろうってめっちゃダメな構図でしょ?ないないない。



「ダメ!絶対!」



いくら貞操概念逆転世界だからと言って、道徳心が許さない俺は断固拒否させてもらう。



「散歩してきます」



なぜだかジリジリと行動範囲が狭められている気がしたので、俺は部屋を飛び出して散歩に向かった。



「ふぅ~あの二人はいったい何を考えてるのか……あっそうだ。タエさんに連絡返さないと」



拉致された車の中でタエさんには温泉に行くことを告げている。



「タエさんもお盆休みをもらえることになったのかよかった」



メッセージの返信には温泉旅行中は、タエさんはお盆旅行になって実家に帰るそうだ。



「夏休みなんてあっという間だよ。旅行が終わったらセイヤからも、応援依頼の相談があるって言われてたし。そろそろ二学期の用意もしないとな」



旅館の庭は日本庭園風に造られた綺麗な松の木を中心に苔がついた石に鯉が泳ぐ池などがバランスよく配置されている。



「……」



庭の片隅で、石に座って山を眺めるユウナの姿を見つけることができたけど。


こちらに気付いても話しかけてはこなかった。



あの別れを告げた日から、会っていなかったけど。



ユウナの態度を見れば、あれは正解だったんだ。


俺はとはかかわり合いになりたくないってことなんだろう。


俺はそっと、庭を離れた。


部屋に戻ると、ツキの姿は無くてユイさんが浴衣に着替えてお茶を飲んでいた。



「あ~やっと戻ってきた。よしよし。じゃあ行こうか」


「えっ行く?」


「そう。ツキちゃんは温泉に行ったからね。私はちょっとヨル君と話したいことがあったんだ」


「俺と?」


「うん。だから付き合ってよ」



いつも強引なユイさんが、こちらに頼みごとをするのは珍しい。



「いいですよ」


「やった~!じゃあ行こっか」



バンザイすると浴衣の間から大きな胸がチラッと見える。


ユイさんは歳的には20ほど上になるのだが、メチャクチャ綺麗で天真爛漫な性格も相まって可愛いと思えてしまう。



「どこに行くんですか?」



日も傾き始めて、外を歩いたとしても暗くなってしまう。



「大人の話し合いって言ったらバーに決まってるじゃない」


「えっ?僕まだ未成年ですよ」


「気にしない気にしない。ヨル君が飲まなければ問題なしよ。それに今日、明日はこの旅館借り切ってるから問題なし」



あまり大きな旅館ではないが、ユイさんは高級旅館と言っていたので、元々高いはずなのにそれを借り切ったっていったいどれだけぶっ飛んだことをしてるんだろう。



「そんな驚いた顔をしないの。これでも自分でブランドも持ってる社長なのよ。たまに子供のためにお金を使うぐらい、いいじゃない」



相変わらずぶっ飛んだ人ではあるが、俺たちにかけてくれる愛情は本当の母よりも強い。



「さぁ飲むわよ!」



カウンターが見えるソファーに座り。

ソムリエールさんが入れてくれたワインで乾杯する。


一気に飲むのかと思ったユイさんは乾杯をするとグラスを置いた。



「その前にっと……ヨル君」


「はい」


「ごめんなさい」



突然、ユイさんは立ち上がって俺に頭を下げた。

何故謝られたのか理解できなくて戸惑ってしまう。



「えっ?俺、ユイさんに何かされました?」


「されたんじゃなくて、私は何も知らなかった、が、正しいかな?仕事の忙しさにかまけて、子供たちのことをに気付いてなかった。母親失格だよ」



ユイさんが語る子供たちと言われて、俺(ヨル)がドキッとする。



「ちょっと前にね。女子だけで食事をしたの。星と私。月ちゃんとユウナとね。

まぁ、それはユウナの元気がないから元気づけるために開いたつもりだったんだけど。そこで、信じられないことを聞いて、私も頭にきて。セイとケンカしちゃった」


「母さんと?」


「うん」



セイ母さんは、良くも悪くも自己中心的な人で子供のことなど顧みない人だ。

それを補ってくれていたのが、ユイさんだった。


セイ母さんからは強くなることや、生きるための術を習った。

ユイさんからは母親の愛情を注いでもらった。


二人の役割はキチンと分かれていて、干渉しあわずバランスがとれていた。

そんな二人がヨルのためにケンカしたことが、意外だった。



「ヨル君……


うちのユウナがあなたにバカなことをしていたみたいで、ごめんなさい。

それと友達であるセイの態度に気付かず、あなたを見ていなくてごめんなさい。

一人で何も言えずに耐えさせて、ごめんなさい」




ああ、ダメだな……これはダメだ……



ガマンできない……



今までガマンしてきたのに、ズルいや……



きっと他の誰でもない……ユイさんだから……



「本当にごめんなさい。今は私の胸で泣きなさい。泣くことをガマンさせてごめんなさい」



ただただ、涙が溢れて止まらなかった。


今まで誰も謝ってなんてくれなかったのに……


俺(ヨル)にとって母さんは、ユイさんだから……弱さを隠すことができない。

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