第41話 母と子
ユイさんに話を聞いてもらった俺の気持ちは軽くなった。
アドバイスに従って、ランさんにメッセージを送ることにした。
いつもはランさんから送られてくるメッセージに返すことしかしていなかった。
それは、ランさんの邪魔をしてはいけないと思っていたからだ。
だけど、ユイさんから受けたアドバイスで、自分が受け身になっていたと気付かされた。
自分は選ぶ側で、選んでもらうのは当たり前だと。
何もしなくても、好きでいてもらえると思っていた。
それが間違いなのは今まで何度も味わってきたのに、全然理解していなかった。
「今、貸し切り露天風呂に入っています」
露天風呂の写真と、自分が映るようにスマホをセットして景色をバックに自撮りする。
こんなことをするのも初めてで慣れないけれど、アピールすることは大事だ。
「送信と」
数枚取り直しをしたけど。なんとか景色と露天風呂、そこに入る自分の姿を映すことができた。
「写真って結構難しいよな。応援団の写真を撮ってくれてる子達には感謝しよ。
なんか後から見たら躍動感とか、それぞれが生き生きした表情をした写真をちゃんと撮ってくれてるもんな」
露天風呂から見える景色の画像を、セイヤにも送ってやる。
「本当に高校に入ってからは、楽しんでるよな」
メッセージの返信音がしてセイヤから返事がくる。
「おっセイヤの奴は家族で食事かな?」
景色の画像に対して、高級フランス料理?の画像が送られてきた。
「美味そうだな」
次にランさんのメッセージを開く。
「うん?ヌードダメ絶対?」
ランさんから謎のメッセージに画像を見直す。
そこには上半身裸で温泉に浸かる俺の後ろ姿が映し出されていた。
ああ、これってあれだなユウナがテレビ電話で背中を映してたのと同じことしちゃったのかな?
「ランさん、だから大丈夫です」
ランさんから兎が顔を真っ赤にしているスタンプが送られてきた。
セイヤとランさんから送られてくるメッセージを見ながら、景色の良い露天風呂に入るのは気分を上げてくれる。
高校に行くようになってから色々あった。
こうやってゆっくりと自分を見つめ直す時間も始めて持てた。
「ユイさんには本当に感謝だな。今度、何かお礼しよう」
旅行来たことがよかったと思える一日を過ごした俺は布団に入った。
疲れていたのか、布団に入ってすぐに意識を失うように眠りについた。
ふと、夜遅く人の気配がして目が覚める。
鍵をかけていたはずなのに、侵入者がいたことに驚きながらもここが家じゃないんだと認識を改める。
「ヨル」
その声を聞いて、俺は驚いて飛び起きた。
布団がめくられ暗闇の中で相対したのは、服を纏わぬ母の姿だった。
頭が混乱して、何が起きているのかわからない。
夜這い?
母さん?
黒瀬星?
なぜここにいる?
疑問が浮かんでは消えていく。
「母さん?」
「ヨル、起きてたの?」
質問に質問で返される。
「今、起きた。気配がして」
「そう、危機感知能力が高いのね」
自分では不意に弱いと思っていた。
会長やテルミ先輩のときに避けることが出来なかったからだ。
だけど、今回は環境の違いが、神経を過敏にしていたんだと思う。
「ヨル?私を見てどう思う?」
母の一糸まとわぬ裸体が月明かりに照らされて妖艶な姿を映し出す。
元々容姿は凄く美人で、子供を二人生んでいるとは思えないほど引き締まってた身体は綺麗だ。
胸も大きく女性らしい魅力をたくさん含んでいると思う。
だけど……
「何も思わないよ」
当たり前なんだ。
母親の裸を見て欲情する。
俺(ヨル)の心はそんな風に出来ていない。
ふと、幼い頃に母親と道場に言った後にシャワーを浴びた記憶が甦ってくる。
家族としてお風呂に入った記憶。
そのときと同じで何も感じない。
ただ家族が裸で立っている。
普段、家に居ない母だからと言っても、家族である母の裸を見ても何も感じない。
「……そう。あなたは違うのね」
母が何を考えているのか、全くわからない。
一つ言えることがあるとすれば……
「むしろ、怖いよ。
母さんが何をしたいのかわからない。
中学のとき、母さんは俺にキモイと言ったよね。
それなのに……どうして裸で夜に寝ている息子の前に立つの?
意味がわからないよ」
これが貞操概念逆転世界だから?
だから母親が夜這いをする?
そんな世界があるのか?
これが普通?
「あなたは……私の子供でしょ?なら、私を抱きしめなさい。
あの人を失って、私はそれでも今まであなたたちを育ててきたじゃない。
あの人と瓜二つにあなたが成長して、男として成熟したんでしょ?
なら、あなたは私の物よ。誰かに奪われるくらいなら……私が奪ってあげる」
母さんの瞳に狂気が宿っているようで、だけど、その顔は寂しさと焦りを含んでいるように見えた。
強い言葉を発しているのに、弱くて、とても苦しそうだった。
本当に何をしたいのかわからない。
わからないけど。
息子に嫌われようとする母親はおかしいと思う。
そっと、近づいて俺は母さんを抱きしめた。
「母さん、俺は父さんじゃないよ。それに俺は母さんの物じゃない」
抱きしめれば、母さんは震えていた。
震えて強がる寂しい女性。
母さんが見ている幻想は父さんの面影なんだろう。
「ごめんね。母さんの物にはなれない。
もしも、それを望むなら俺は家を出るよ。
母さん、今の母さんはキモいよ。ありえない。
だから、一緒にはいられない」
男性保護法がある以上。
親を捨てたとしても生きていくことは出来る。
なんならnew tubeを始めて、お金を稼げるように頑張ってもいい。
俺は完全な拒絶を口にして、母さんから離れた。
「行かないで……行かないでよ」
泣き始める母さん。
これまで強く、毅然としていた姿はどこにもない。
すがりつくように服を掴んできた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。謝るから。だから、私を一人にしないで。ユイにも、ツキにも、ヨルを取られたくないの」
すがりついて泣き崩れる母をそっと引き離す。
目線を合わせために膝を折る。
「母さん。俺は母さんの物じゃない。母さんの男にもなれない。
きっといつかは母さんから離れて、誰かの物になる。
母さんには、親以上のことは求めてない」
親と子、きっとユイさんは俺にとって母さんだった。
だけど、父親を覚えていない俺にとって、セイ母さんは、父さんのような役目をしてくれる人だった。
毅然とした態度。
社会の厳しさ。
親として𠮟ってくれる姿。
俺の記憶にちゃんと育てようとしてくれる母さんが存在する。
「それでもいい。ヨルが私の側にいてくれるなら」
「う~ん。いつかは母さんから巣立っていくつもりだよ。
でも、家族だから母さんが助けてほしいときは助けにいく。
それが親と子だと思うから」
母さんは、俺の言葉を聞いて拗ねたような顔する。
でも、どこか憑きものが落ちたように、胸に飛び込んで泣き始めた。
「母さん。いつも頑張って働いてくれてありがとう。
母さんの気持ちは受け止めてあげられないけど。
今まで母さんが働いて育ててくれたことはわかっているから。
これからも親子としてよろしくお願いします」
なんだか不思議な気分になった。
泣いている母さんと始めてちゃんと話をした。
綺麗な景色が見える露天風呂に母さんを入れて、横に座って話をした。
記憶にない父さんの話。
これまでどういう気持ちで俺を育ててきたのか……たくさん話をして、母さんはこれまで思っていたことを全て話し終えると穏やかな顔をしていた。
「もっとあなたと話をすればよかったわ」
頑なに自分の思いを貫いた母さんは気持ちを暴走させてしまった。
たくさん話をして、疲れた母さんは俺の布団で眠りについた。
「もっと話をすればよかったか……」
母さんに対して、様々な感情が渦巻いている。
自分勝手だと罵る気持ち。
子供を顧みなかった態度。
自分の思い通りにしようとする傲慢さ。
だけど、縁を切っても血のつながりが消えるわけじゃない。
夜と星……二人の相性が合わないなら仕方ないのかもしれないけれど。
「母さんは、俺(ヨル)が大好きだったんだね」
父さんの面影を持ち。
息子に対して愛情をちゃんと注いでいた。
歪んでしまった愛情は、いつの間にか境界線が曖昧になってしまったんだ。
ここが貞操概念逆転世界だから?そう思えば恐い世界だ。
「本当に……思っていた世界とは違うんだな」
母さんが眠る布団から離れて、ベッドに入って眠りについた。
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あとがき
第二章、夏休み編は以上となります^ ^
次からは第三章、二学期〜三学期に向けて話を挟んで、第三章へ向かいます。
長い話になってきましたが、たくさんの方にお付き合いいただきありがとうございます。
コメントを読むのが本当に楽しくて、いつも感謝です^ ^
誤字報告めっちゃ助かります。
まだ全部はなおせていませんが、必ずなおします。
第三章もどうかお付き合い頂けると嬉しく思いますのでよろしくお願いします。
レビュー、コメント、いいね、ブックマークは随時お待ちしております♪
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