side母 ー 2

【黒瀬星】




ジムでトレーニングをした後は取材を受ける。

家に帰らずに仕事ばかりの日々も、すでに三年以上が過ぎようとしていた。



「SEIさん、最近は新たな事業を拡大されるとお聞きしましたが、そのバイタリティーはどこから来るのでしょうか?」



「そうですね。やっぱり子供達でしょうか?私には息子と娘がいるんです。娘には私の全てを受け継いでほしいと思っています。

それに息子には男性であっても強く、一人で生きていける力を身につけてほしいと思います。


二人を強く立派な大人に育てること。


そのために私自身が常に成長を続けることが大切だと常に意識しているからでしょうか?」



最近では、newtubeでトレーニング動画を配信したり、ジム経営などにも手を出してSEIとしてテレビなどにも出演している。



経営者として、成功した私は次のステップへ昇るために息子のヨルが中学に進学したことを起に子育てよりも仕事を優先するようになった。



それもこれも、小学生から格闘術やマッサージだけでなく、家事や妹の世話など息子のヨルにたたき込んできた。



しかし、今では手を離したことを悔やんでいた。



中学卒業前にあったヨルはナヨナヨと女々しく育ってしまっていた。



失望、これからの息子と関わることが億劫になっしまう。

ナヨナヨしたヨルを見てから、私は仕事にかまけて家に帰る回数も減っていった。



娘のツキはヨルと違ってしっかりと物事を考え、何事も完璧に出来てしまう子なので心配する必要も無い。



考えてしまうのはヨルのことばかりではあるが、これからどう接して行けば良いのか悩むばかりだ。



仕事に追われ、ヨルとの関係を先延ばしにしていた私のスマホが珍しい音楽を鳴らして知らせる。



息子のヨルから電話がなった。

ヨルから私に電話がかかってくることは初めてかもしれない。



取ることをためらったが、緊急の用事があるのだろうとスマホを取った。



「母さん、今日話したいことがあるんだ。時間を作ってくれないか?」




挨拶もそこそこにヨルから話したいことがあるという。

私はスケジュールをマネージャーに問いかける。




「20時以降は大丈夫です」



マネージャーに確認を取ってヨルに伝える。



「ヨルから、連絡が来るなんて珍しいわね。いいわ。今日は20時で全てのスケジュールが終わるから迎えに行くわ」



ヨルの方から話があると夕食に誘ってくるなど初めてのことだ。

私はマネージャーに頼んで、いつもの展望レストランを予約してもらう。

どうせ、そのままワインを飲んでホテルで寝てしまえばいい。



自家用車であるオープンカーに乗り込み。

待ち合わせ場所へと到着した。

ヨルを探すが、ロータリーにヨルらしき人物は居らず。

代わりにスマートな着こなしをした美青年が立っていた。



「母さん」



私がヨルを探していると、美青年から母さんと呼ばれる。




「えっ?ヨル?」




4ヶ月前にあったときは野暮ったく。

自分に自信が無さそうに伏し目がちだった。

そんなヨルが自信に満ちあふれた顔で現れた。



その姿はあの人を思い出させる雰囲気まで持ち合わせていた。



「うん。今日は時間を作ってくれてありがとう」





「えっうん。まぁ……息子の頼みだからね」



彼らに話しかけられたような錯覚で戸惑ってしまう。

どうしていいのかわからなくて、私は視線を彷徨わせる。



「それじゃあ行こうか?」



「行く?行くってどこに?」



「えっ?夕食を一緒に食べるんでしょ?」



「あっああ、そうだったわね……行きましょう」



頭が真っ白になって、これからの行動を全て忘れてしまっていた。

ヨルを車に乗せて走り始めるが、心臓がいつもよりも高鳴っている自分に戸惑いを感じる。



「ここでいいわね」



マネージャーに予約してもらっていた展望レストランにヨルを連れて行く。

レストラン内は、他のお客様がハッキリと見えない配置になっているが、それでもヨルの纏う雰囲気は圧倒的だった。



店内が、ヨルの雰囲気に気づいて色めき立っている。




コンシェルジュを務めるなぎささんが、ヨルを見て一瞬だけ驚いた顔をしたが、さすがはプロだ。

私たちを最高級VIP席へ案内してくれた。

ヨルを店内のどの席からも見えないようにしてくれたのだ。



「SEI様、本日はお越しいただきありがとうございます」



ナギサさんが気を利かせてそんなことを言ってくれる。

確かによく使ってはいるが、常連というほどではない。



「突然の予約に対応してもらって悪いわね」



「お得意様である、SEI様のためであれば」




ヨルはちょっと不思議そうな顔をした後に、夜景を見て喜んでいるので少し誇らしい。



「ヨル……お腹空いてるわよね。肉をメインで後は適当に持ってきてくれる」



「かしこまりました」



ナギサさんが席を外すとヨルと二人になり、並んでソファーに座っていることが恥ずかしい。

私は何か話しかけなけれいけないと思って、最近のことを聞くことにした。



「最近の学校はどうなの?楽しい?」



ありきたりでつまらない質問をしてしまった。



「うん、楽しいよ。でも、今日は学校のことで母さんに頼みがあるんだ」



そういえば話があると言って夕食を取ることになったのだった。

私はすっかり気が動転していたようだ。

ナギサさんが食事を持ってくるのが見えた。



「ちょっと待ちなさい」



ナギサさんに目配せして、配膳を始めてもらう。



「前菜のカプレーゼとサーモンのマリネです」



私が好きなメニューを覚えていてくれたナギサさんが用意してくれていたようだ。

テーブルには雰囲気に合わせて、ワインとブドウジュースがそれぞれに注がれる。



「大丈夫よ。アルコールは入っていないわ」あなたの方には



ナギサさんはヨルの顔を見て年齢を判断してくれたようだ。

大人っぽい雰囲気を持つヨルの年齢を未成年と判断するのは難しいのに、本当にナギサさんはプロのコンシェルジュだ。



「それで?頼みって何かしら?」



ワインを口に含む気持ちを落ち着ける。



「ちょっとこれを見てもらっていい?」



差し出されたヨルのスマホの画面、そこには男子高校生が歌って踊る動画が映し出されていた。



しかし、その中央に写っていたのは



「これって……ヨル?」



あのオドオドとしていたヨルが、人前で生き生きとしている姿が映し出されている。

私が勝手に判断して素っ気ない態度を取っている間に、ヨルは自分の道を歩き始めていた。



「そう。俺さ、高校で部活の部長をしてるんだ。ただ男子ばっかりの部活で、こういう動画がSNSで話題になって活動に支障が出るのが嫌だなって思うんだ」



私は歌って踊るヨルの姿から目を離せないでいた。



「男性保護法案でメンズガードが出来ただろ?」



男性保護法案の話題が出て、やっとヨルと話していたことを思い出す。



「ええ」



「俺は母さんに鍛えてもらったから、自分のことは心配してないんだ。だけど、同じ部活の男子たちが危険な目に合うのは望まない!だから、母さんの会社からボディーガードを派遣できないかな?」」



ヨルが力強く仲間のために力を貸してほしいと言う。

ずっとヨルにかまっていなかった私に頼ってきたことが内心では嬉しかった。



私はもう一度動画に目を落とす。

ヨル以外に写っているのは三人の男の子たち。

他の子達は貧弱で強そうには見えないが、歌って踊る姿は美しかった。



「母さん聞いてるの?」



ヨルが私が話が聞いていないと思って肩を掴む。



「イタっ!痛いわ」



「あっごめん」



「凄い……力なのね……」



一瞬だけではあったが、掴まれた肩から凄い力を感じた。

男らしいゴツゴツした手の感触と力強さが思い出させる。



見た目はあの人

性格は男らしく仲間想い

鍛えられ、成長した腕は太く力強い



いつの間にか私は内ももを擦り合わせていた。



「母さん?聞いてる?」



「ええ、聞こえているわよ。男子学生にボディーガードよね……それは構わないけれど。学校側は許可を出すかしら?」



少し早口ではあったが話題を変えなければならない。



「一応、部活の顧問をしてくれてる先生が学校側に届けは出してくれることになってるんだ」



「そう……わかったわ。手配するわ」



ヨルが望むことをなんでもしてあげたい。

もしも命令されればこの身を捧げてもいい。



「よかった!ありがとう」



ヨルからお礼と向けられる笑顔は、私のバカだったこれまでを後悔させるのに十分な破壊力を発揮した。



「ねぇ、ヨル。私は今日もホテルに泊まるけど……一緒に泊まる?」



もしも、ヨルが私と同じ部屋で寝たなら、私は理性を保てるだろうか?



「ううん。お腹いっぱいでちょっと歩きたい気分だから」



「そう……私はお酒が入ってるから……車もあるし……」




私は残念な気持ちと、ヨルに断られてホッとする気持ちが混じりあった不思議な感覚を覚える。




「だね。デザートも食べたし。母さんに頼み事も出来たから、先に帰るよ」



ヨルが離れてしまう。



「あっ」



いつの間にか私は手を伸ばしていた。



「うん?何かあった?」



「ねぇ、ヨル。他に私にしてほしいことはない?」




もっとヨルに求められたい。



ヨルに私を呼んでほしい。




「大丈夫だよ。ちゃんと一人でやれてるから、それに学校で友達もできたから」




そんな私の望みは、ヨルによって否定される。




「そう……気を付けて帰るのよ」




当たり前だ。今まで何もしてこなかった私がヨルに求められるはずがない。




「うん。母さんも飲みすぎはダメだよ。体を大切にね」



優しく声をかけて席を立つヨルの後ろ姿を見ることすらできなかった。

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