side幼馴染 ー 3

【青柳悠奈】




私はどこかでボタンを掛け違えた。

そんなことはわかっている。

それなのに現実から逃げるようにヨルとの交流を自分から拒絶した。




水泳に打ち込む日々は自分が認められるような感覚があって気持ちよかった。




運動に集中している間はヨルのことも考えなくて済んだ。




そうやって頑張っているうちに1年生で唯一レギュラーに選ばれた。




「私がレギュラー!」



「そうよ。頑張ってね」




部長である水無瀬先輩は自由型で敵無しと言われるほど超高校級選手で学ぶことが多く、尊敬できる先輩だ。




水無瀬先輩に認められてレギュラーに成れたことが嬉しくて、今まで以上に水泳に打ち込むことが出来た。




ヨルからは今も【おやすみ】のメッセージが届く。



私も【おやすみ】とだけ返していた。



そして、試合本番の前日、ヨルから【おやすみ。明日は頑張って】とメッセージが来た。



水泳の試合があることは伝えていない。




私は戸惑ったけれど【おやすみ】とだけ返した。




そして、試合の当日の朝。




「みんな集合して頂戴。今から応援団による決起会をしてもらうわ」




水無瀬部長から発せられた言葉に部員は色めき立つ。




レギュラーメンバーだけが集められる。




しばらく待っていると、赤いラッシュガードに黒い短パン水着を着た男子が私たちの前に現れる。




応援団と聞いて、ヨルのことが頭を過った。

ヨルが男子応援団を作ったことは、女子たちの間で噂になっていたので知っている。




だから、登場したのがヨルじゃないことに残念な気持ちとホッとする私がいた。




「青葉高校水泳部の皆さん!本日は我々男子応援団が精一杯!皆さんの応援をさせて頂きます!!!」




赤いラッシュガードの男子は声を張り上げて応援を宣言する。

男子が大きな声を出している姿など、newtubeぐらいしか見たことがない。

部員も驚いた顔で男子を見ていた。




一生懸命に声を出す姿にカッコイイと思った。




「団長!!!押忍、お願いします!!!」




赤い彼が団長と呼ぶ。




紫のラッシュガードを着たヨルが現れた。




赤い彼よりも身長が高く。鍛えられた身体は成長を遂げて男らしかった。

堀の深い顔立ちは、中学時代とは違い陰がなくなり大人びた落ち着いた雰囲気になっていた。

ラッシュガードのチャックが開いて見える腹筋や胸板。




私はヨルの全てに目を奪われた。




「押忍!団長の黒瀬夜です。今から青葉高校水泳部のあなたに伝えたい言葉があります!




あなたは青葉高校水泳部に入り、日々苦しく厳しい練習に耐えてきました。



世界水泳の選手として活躍された監督、コーチの下で素晴らしい指導を受け。



次世代の世界スイマーとして、夢を持ち、そしてこの場に立つことが許された。



選ばれた存在です。あなたたちは強い。



強いと言える練習に耐え、選ばれたあなた方は負けない」




ヨルの言葉は私だけじゃなく部員一人一人が思う苦悩を言葉にしているように思えた。

試合に出れなかったライバルや部員たち、彼らに報いるため、私達は勝たなければならない。



ヨルが言葉を切って、それぞれに拳を突き出して一人一人を見つめる。




私と目があった。




私はヨルが現れたことに驚いた顔をしていたことだろう。




ヨルは自信に満ち溢れた笑顔だった。




「三年生  部長  水無瀬 雫さん!!!」




ヨルが部長の名前を呼ぶ。




ヨルが私以外の女性の名を口にするだけで、私の胸に大きな棘がささるような痛みが走る。




「はい!」





「あなたのリーダーシップがあったから!



部員はついてこれることが出来ました!!



あなたは誰よりも強い!速い!!負けない!!!



あなたが負けなれば他の選手たちは勝ち続ける。



僕らはあなたを信じて応援させていただきます!!!!」




ヨルの声で他の人を褒めないで……



ヨルはそんなにも堂々と話せる人じゃない。




「私は絶対に負けません」




部長は今まで見た中で一番自信に満ち溢れた顔をしていた。




「三年生  副部長 」




応援団の男子が、部員を一人一人褒めていく。

私は最後の一人になり、ヨルが前に出る。




「一年生 青柳悠奈さん」




ヨルが私の名を呼んだ。




いつぶりだろう?ヨルが私を見て名前を呼んだのは?




「幼馴染として、言わせてもらうぞ」




ヨルが大人っぽい口調で私に語り掛けてくる。

それだけで今までと違うとわかってしまう。




「アオヤギ ユウナ!



あなたは小学生の頃から水泳を始めて、誰よりも長く水の中で過ごしてきました。



今では才能が認められて高校でレギュラーを勝ちとるほど努力をしてきました。



その全てのガンバリがユウナの力だ。



ずっと応援していたよ。



ガンバレ!ユウナ!!!」





ヨルはずっと私を見ていてくれたんだ。

私がヨルを孤立させるために、ヨルと距離を取っている間もヨルは私を……




私の瞳から自然に涙があふれ出した。




どうして、私はバカなことばかりしているんだろう。




どうして、もっとヨルの側にして、ヨルと楽しいことをいっぱいしなかったのだろう。




「これより!応援団によるダンスと応援歌を歌わせていただきます」




アイドルようにヨルが他の男子と共に踊っている。

その顔は生き生きとしていて、頼りなくて私がいないとダメだった男の子の姿はなかった。




「いけよーいけよー青葉!いけよーいけよー青葉」




ヨルが大きな声を出して歌を歌っている。




私はヨルを見ていなかった。

自分がヨルを一番知っていると思っていたのに、ヨルは私が知らない間に成長を遂げていたんだ。




最後の決めポーズ。




拳を突き出すヨルと目線が合う。




「押忍!大会の間はしっかり声を出して応援させていただきます!頑張ってください」




退場していくヨルの後姿を見て、私は決心した。




「この大会が終わったら……ヨルに告白しよう」




あれだけ私を見て応援してくれたヨルを手放したくない。




バカな私とさよならして、ヨルと思い出をたくさん作ろう。





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