Side妹 ー 4 疑惑

【黒瀬月】



入学式の後から、兄と顔を合わせることが恥ずかしくなった。

どうして私は自分の欲望を抑えることができなかったのか?

それもこれも全て兄がカッコイイから悪いのだ。



中学時代は、キモいと言っていれば兄は塞ぎ込んで自分の殻にこもってしまっていた。



そうすれば兄は他の女のところに行かなくなり、私だけの兄でいてくれると信じていた。



だけど、高校に入学する前から兄は少しずつ変わり始めた。

別人のように見た目や話し方などを練習していたようだ。



見た目は洋服や髪型をシンプルに清潔感を重視して。

話し方はドモッて詰まることなく、一度深呼吸してでもちゃんと話せるように。



私が気づいたのは、高校入学の日だ。



変わってしまった兄を見て、私は動けずにいた。

兄に対して恥ずかしいと思う気持ちと、変わってしまった兄に今までの自分がどう思われているのか不安になった。



そうして一ヶ月が過ぎていく。



ゴールデンウィークになり、三年の生徒会では部活への予算配分や行事に向けての用意などで資料作りに追われる日々を送っていた。



ふと、私が学校から帰ってくると兄が上機嫌で料理を作っていた。



「兄さん。ただいま」



兄と話すのは久しぶりだ。

入学式の日に一緒に夕食を食べてから、あまりマトモに話していない。



「おかえり。ツキ」



兄は料理をしながら私に「おかえり」と言ってくれる。

私と兄が結婚すればこれが当たり前の日常になる。

だけど、兄が別の女と結婚したら、この光景が奪われてしまうかも知れない。



そう思うと、これまで話をしてこなかったことがバカらしく思えた。

どうしてもっと兄に好かれるように行動しなかったのだろう。



上機嫌な兄を見て危機感を覚えた。



「ねぇ、兄さん。上機嫌みたいだけど、何かあったの?」



ここ三ヶ月ほど兄に向かって「キモい」と発言していない。



卒業式の日に頭を撫でられ、兄を守る防衛作戦が終わり告げたからだ。



そして、高校の入学式の日に起きた出来事によって、もう兄をキモいと言えなくなってしまった。



「うん?そうか?いつもと一緒だよ」



普段なら、テンション高く鼻歌などしない。

そんな兄が鼻歌交じり料理をしているのだ。

上機嫌でなければなんだというんだ。



「そう?今日はどこかに出かけてたの?」



直接聞いても言わないなら、話題を変えて聞き出してやる。



「ああ。今日は服を買いに行ってきたよ」



服と言われて、確かにいつもと違う印象の服を着ている。

最近は某有名洋服店のメーカーオススメの服をよく着ているのを見ていた。



それが、少しお高いブランド物のメーカー衣装を着ている。



センスもよく。兄に似合っていた。



「それって結構高いところだよね?兄さん、そんな店知ってたんだね」



「うん?ああ。これは親切な人が教えてくれたんだよ」



!!!



私は確信した。その親切な人 = 女だ。



「ユウ姉に聞いたの?」


「違うよ。ユウナは部活があって忙しいからな」



ユウ姉じゃない。



これは危機的状況だ。



すぐに調査しなければならない。



でも、何を調べれば?ふと、兄が調理する傍らに置かれたスマホを見つける。



「ねぇ、兄さん。私のスマホの充電が切れてるから、ちょっと借りて良い?」



「うん?いいよ。何するんだ?」



「ちょっと調べ物」



「ほい」



兄のスマホは不用心にもロックがかかっていなかった。



私はすぐにメッセージアプリのmainを開く。



今までは、母、私、ユウ姉、ユウ姉の母。の四人しか登録されていなかった。



そこには新しく、【白金聖也】、【相馬蘭】の二人の名前が記載されていた。



くっ!兄に私の見知らぬ名前が登録されている。



どっちが兄をそそのかす女だ?

白金聖也は男性の名前に見えるが、絶対にそうだは言えない。

相馬蘭の方が怪しい。メッセージを見れば……



「そろそろご飯にするぞ。食器を運ぶの手伝ってくれ。一緒に食べるだろ?」



兄が作ったのはパスタとサラダ。それにスープだ。



メッセージを見たい誘惑と、兄が作ってくれた料理を比べて。



私は兄の料理を優先した。



「うん。ありがと」



「調べ物は終わったのか?」



「まだ、だけど。あとは自分のスマホを充電してからするよ」



「そうか」



普通の会話をする私と兄。

兄はどこか嬉しそうな顔をしていた。



私は気が気ではない疑惑を抱えながら、食事を続けた。



チャンスを見計らった。

兄がお風呂に入っている時を狙って脱衣所へ忍び込んだ。



最初は部屋に忍び込んだが、スマホが見当たらなかったからだ。



脱衣所に入ると、兄の脱いだ服が置かれていた。



迷わず、私は兄の服に顔をうずめた。



兄の匂い。ここには幸福が溢れている。



「ふんふんふん~」



お風呂でまたも鼻歌を唄う兄によって現実へと引き戻された。



残念なことに兄はスマホをお風呂内に持って入っているようで、確認することができなかった。



私は洗っていない兄のシャツを一枚、部屋へと持って帰ることで、今日の収穫は「よし」とした。





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