Side 女子大生 ー 1
【相馬蘭】
ずっとずっとずっと、私はむしゃくしゃしていた。
どうして自分がむしゃくしゃしているのか?
駅伝に転向して成績が伸びないから?
違う。1年生で四区を任せてもらえることになった。
成績だって去年に比べて格段によくなった。
大学生活が楽しくない?
違う。元々勉強は嫌いじゃない。
駅伝と両立しても上手くやっている。
友人達にも恵まれて、自分の人生は順調だ。
モデルの仕事を始めて忙しくなったから?
違う。高校時代からスーパー高校生として有名だった
今の事務所の社長は高校のときから、モデルをやらないかと打診を受けていた。
大学生になり、授業に余裕が出来たから仕事を受けた。
慣れない大学とモデルの両立は疲れるけれど。
むしゃくしゃした気持ちを誤魔化してくれる。
じゃ、どうしてむしゃくしゃしているの?
だって、私は後悔しているから。
あの日、彼と出会った奇跡を、私は自分の手で手放してしまった。
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「やぁ、またあったね」
ここ数日、私が探していた背中を見つけて声をかける。
「おはようございます。蘭さん」
振り返った少年は大人びた顔をしている。
引き締まった身体、出会った頃よりも伸びた身長は、いつの間にか私を超してしまった。
「おはよう」
三つ年下の【黒瀬夜】少し陰のある少年は自主訓練でトレーニングをしていた。
周りに男性の居ない私に取って、高校時代に遠巻きに見ていた男子とは比べモノにならない距離に彼はいた。
「ランさんは早いですね」
「毎日走ってるからね」
何度か一緒にトレーニングをする間に、私は自分のことを話した。
相手に質問する勇気がなくて、自分のことばかり話してしまった。
彼はそれを優しく聞いてくれる。
「専門ですからね。俺は太らないための自主訓練ですよ」
「そういって訓練をサボっていたら、すぐに太るよ。今日も一緒に体操と激しめのトレーニングをしようか」
私は口実を作って彼に触れる。
嫌じゃないかな?なんて考えては行動できない。
強引にヨルの手を取って運動を開始する。
ヨルの手から伝わる熱に全身が熱くなってしまう。
心臓が早く鳴って、ヨルに聞かれているのではないかと不安になる。
少しでも肌を触れあわせたくて、ストレッチは背中を合わせて互いに伸ばしあう。
名残惜しいが一通りのストレッチが終われば、今度は筋トレを開始する。
私はまたもや口実を作って、ヨルにお姫様抱っこをしてもらう。
力強い胸板。抱きかかえられる腕は安定感があり、ヨルは必死にトレーニングをしている顔を盗み見る。
カッコイイ。
私はそんなことを考えているなど知られたくなくて、真剣な顔を作るのに必死だった。
「重りになるダンベルが無いからね。仕方なくだよ」
スクワットが終わると腕立て、腹筋と続くのだが……腕立てをすれば、ヨルの鍛えられた背中に乗って筋肉の感触をお尻で感じる。
腹筋をすれば、足を抑えている膝に胸を押し当てる。
私は欲望に忠実な、ただの獣でしかない。
「ほらほら、ペースが落ちているよ。気合入れて」
邪念がバレたくなくて声をかける。
素直なヨルはいつも以上に頑張って回数を増やしている。私は一回でも多く膝に胸を押し当て続ける。
「ヨルもだいぶ筋肉がついてきたわね。それに身長も伸びた?」
一通りトレーニングを終えた私たちは休憩をしながら話をする。
彼は身長が伸び、男性として発達した筋肉を持つ。
そんなヨルの身体に見惚れてしまっていた。
「そうですかね?身長は最近測っていないのでわかりません。まぁ男は筋肉が付きやすいみたいです。それとも今まで運動してなかったからつきやすいのかな?」
その瞬間……ヨルは無防備にシャツをまくり上げた。
見てはいけない六つに割れた腹筋が目に入り、私は唾を飲み込んでしまう。
ゴクリ……
ヨルが顔を上げようとしたので、手に持っていたドリンクを飲みながら空を見る。
私がヨルの身体を見て興奮していることがバレないか気が気では無かった。
「そういばヨルはどこの高校に行くんだったかな?」
話題を逸らして気を紛らわせる。
「この近くの青葉高校です」
青葉高校と言われて、共通の話題が持てたことに内心喜んだ。
「なんだ、青葉に行くのか?なら私の後輩だね」
「ランさん、青葉なんですか?!」
中学時代から陸上で成績を残していた私は、スポーツ推薦で青葉高校に合格した。
「ハハ、私はスポーツ推薦だよ。これでも全国常連選手だからね」
自分としても自慢出来る数少ないことだ。
だから胸を張って誇ってみたが、ヨルの視線が私の胸に向かっていることに気づいた。
「後輩であるヨルに一つだけアドバイスをしてあげよう」
だから、私は調子に乗ってしまった。
他の女性への牽制のつもりもあったかもしれない。
「ヨルは目つきが悪いし、視線が女性の身体を見過ぎだよ。多分、キモイって思われるから、他の女の子にあまり近づかない方がいいと思う」
こう言えばヨルは素直なので、女性の身体に視線を向けることがなくなって、私だけを見てくれるかも知れない。
「ランさん。ありがとうございます」
だけど、私はその日からヨルを失った。
次の日も、また次の日も、何日経ってもヨルはあの場所に来ることはなかった。
私は調子に乗ってしまったのだ。
男性は繊細な生き物だとネットに書き込まれていた。
そんな男性に向かって、キモいなど絶対に言ってはいけなかったのだ。
その日から私はずっと後悔と自分自身にむしゃくしゃする日々を送ることになった。
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