第4話「再壊」
「服装は変でも、相変わらず悠人は時間ぴったりだね」
歩きでやってきた白装束のままの悠人と家の前で合流した僕は、早速彼を家へと招き入れた。
父親は会社で仕事の真最中、弟はピアノのレッスンに行っている時間帯だった。
「お邪魔します」
悠人は玄関で一言そう言うと、早速リビングの洗面場まで辿り着く。
「あっ、いた。これがルコの幽霊だよ」
僕はルコが映っている洗面所の鏡を恐る恐る指差した。いよいよ物事が核心に迫ったという快感が全身に溢れると脚が小刻みに震えるようである。
「どれどれ」
悠人は何の抵抗もなく彼女が映った鏡面を触る。
「どう?やっぱりルコの幽霊を感じる?」
僕がそう尋ねると、悠人が触っている鏡面は水の波紋のようなものを波打たせ、中から出てきた真っ赤な生物が悠人の手に捕らえられた。その生物は必死にもがきながら悠人の手に噛み付いている。鏡からルコの姿は消えていた。
蛸と山椒魚が合体したような異様な姿のそれを見た僕は声にならない悲鳴を上げ、倒れ込むように部屋のソファへ逃げ込む。虫ですら嫌いな僕にとってそれは絶望的なインパクトだった。「おい、何だよ?それ」
「怪物……つまりお化けだよ」
「は?」
「こいつはルコの幻影をお前に見せることと引き換えに、お前の寿命を数日ずつ吸い取っていたんだ」
悠人は今日の日付を簡潔に述べるように答えると、ポケットから古いお札を取り出す。「最近、体調が悪いと感じたことがあっただろ?」
「うん……凄くあったよ。まさかそいつのせいだったなんて。……で、何?そのお札は」
「こいつで大体の怪物は殺せるんだ」と、彼は気味悪がる様子を全く見せず、自分の手に噛み付いている真っ赤な生物にそれを貼り付けた。
真っ赤な生物から、女性の叫び声のような断末魔が数秒間部屋中に響き渡り、やがて何事もなかったかのように静まり返る。真っ赤な生物は影も形も無く、消えていた。
「もう大丈夫だ。健太郎。噛まれた手も綺麗だ」
悠人は、ソファで恐怖に息を荒くしていた僕の肩にそっと手を置いて深呼吸を促す。「今の怪物は人の後悔や後ろめたい気持ちを好むんだ。健太郎、何か溜め込んでいることがあれば、この場で全て吐き出してしまえ。嫌な気持ちをこれから怪物どもに利用されないためにも」
僕は目の前で起きたことに茫然としながら、ゆっくりと動き出した古い機関車のようにがたつきつつ、そっと口を開く。
「僕は……ルコが帰ってきて……くれたんだと思って……いた」
「ああ、普通はそう思うよな」
「……でも……それが……怪物だったなんてあんまりじゃないか。酷すぎる……」と、僕はクッションを抱き抱え、目と鼻から熱いものが湧き出る感覚に浸っていた。
「ああ、全くその通りだ。健太郎」
「僕はルコに……会いたい。すぐにでも。いつも僕に虫をぶつけていじってきた変な女だったけど……それでも僕は……ルコと……ルコと……」
僕は溜まっていたものを言葉に吐き出そうとするが、嗚咽が邪魔をしてうまく話せない。だがこの時、鏡の中に映っていたルコの幻影と何者なのか忘れてしまった少女に対して抱いていた感情の正体をやっと理解できた気がしたのだ。
悠人は僕の背中を摩りながら言う。
「もし、これから本物のルコに会えると言ったら?」
「え?」
僕は、頬に垂れる数滴の滴を手で拭い、顔を悠人へ向けた。涙で目が曇っているため、彼がどんな表情をしているのかよく分からない。
「悠人、僕がルコに会えるって……どうやって?」
「霊界まで行くのさ」
「は?霊界?」
次の瞬間、僕の首筋に勢いよく硬いものがぶつけられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます